つぶやきエトセトラ

2009年7月27日 (月)

31年にして念願かなう

この春、新しい広島市民球場(マツダZoom-Zoomスタジアム広島)ができてから、もう7試合もカープの試合を見に来ています。

その7試合目は、先週の土曜日…この日はオールスターゲームの第2戦が広島で行なわれました。

僕は「人生初の生オールスター観戦」を経験したのです。

思えば、小さい頃から「いつかはオールスターを見に行きたいなあ…。」と思っていたものです。

一番最初にそう思ったのが、小4(10才)の時。この年(1978年)のオールスターは(旧)広島市民球場で行なわれました。

その日も土曜日で、確か7時頃からテレビで放送されていて僕はワクワクしながらテレビ観戦をしたことを覚えています。

あれから31年。ようやく念願がかないました。

実は、今回のチケットは思いがけない形で手に入れることができました。

ネットでの予約販売にチャレンジするも、ことごとく敗退(?)

結局入手することはできず、あきらめていたのですが、

先週の火曜日に「ネットで入手したチケットが2枚あるけど、当日都合ができて見に行けなくなったので、いる?」と職場の同僚から声がかかり

「うん、買う!」と二つ返事で同僚から購入。

本当は家族5人で見に行きたかったのですが

長男を連れて2人で行きました。

いつもはカープと対戦(ビジター)チームのファンでごった返す球場内も

この日ばかりは様々なチームのユニフォームを着たファンが行き交い

それを眺めるだけでもお祭りムードが盛り上がるというもの(?)

ちなみに、入手したチケットは3塁側で、通常の試合ならビジターチームのファンが多い座席なのでしょうが

オールスターともなると全く関係なし。

僕も長男も気兼ねなくカープの応援グッズを出しました。

僕らは丁度、ホームランダービー(昔は「ホームラン競争」と言ってましたが…)が始まった頃に球場に着きました。

Dsc06086 ←ホームランダービー決勝戦に残ったカープ・栗原選手。優勝は西武の中村選手でした。残念…。

その後、開会式があり(この時サプライズゲストとして俳優の玉木宏さんが、CM出演している車・マツダアクセラに乗ってグランドに登場。一斉にスタンドのお姉さん方・おばさま方がデジカメや携帯電話を片手に最前列に押し寄せて来られました)、広島出身のケミストリーによる「君が代」でゲーム開始。

Dsc06097 ←颯爽とあらわれた玉木宏さんにスタンド(特に女性の方々)が大騒ぎ。

Dsc06113 ←スコアボードの大型ビジョンに映し出された「ケミストリー」のお二人。

試合内容はここでは割愛するとして…(残念ながらセ・リーグは負けましたが、ホームランやスーパープレー等、見ごたえある試合でした)。

途中、各チームのマスコットキャラクターによるショータイム等もありました。

Dsc06140

試合終了後、表彰式、閉会式…と続き

Dsc06144

4時間の「おまつり」は終りました。

次に広島でオールスター戦がある時は、何とか自分で5枚のチケットを入手して、家族全員で見に行きたいものです…。

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2009年5月10日 (日)

くじら、小魚、イルカを堪能!?(GWその3)

熊本3日目は、義母おすすめのイルカウォッチングでした。

もちろん、水族館のイルカショーを見に行くのではなく、海に住む野生のイルカの群れを見る、というもの。

嫁さんの実家から車で出発。有明海をフェリーで渡り、さらに車で走ること1時間半。

着いたところは、天草。

受付を済ませて、小型船で沖へと出発。

Dsc05203 ←漁港を出発したところ。この日はあいにくの雨で、ライフジャケットの下にレインコートを着ての「乗船」となりました。船には屋根とベンチはあるものにの、雨が降り込むかも知れないので…とのことでした。

船は30分ほど沖へ走り、しばし停泊。ちなみに、海上での滞在時間(つまりイルカを見ることができる時間)は約1時間。1隻の船に、15人位のお客さんを乗せていくようです。

停泊してしばらく経って

「あ、イルカがいたっ!!」

誰からともなく声があがり、見ると…イルカの群れが水しぶきをあげつつ泳いでいる姿を発見!

Dsc05212

イルカの群れは、ずっと見られるわけではなく、海面にうかびあがるかと思えば、しばし水面に潜って姿が見えなくなり、またしばらくして別の海面にあらわれる…といった状態。加えて、あとでわかったのですが、この日は、いつになく、至る所からイルカウォッチングの客を乗せた観光船や漁船が多数出ていて、いるかが海面にうかびあがる姿を見るや否や、数十隻の船は一斉にイルカの群れへ走っていく有様。どの船もベストポジションでイルカを見ようと、その様子はさながらボートレースのよう。

僕らが乗った船は、なかなかベストポジションまでは行きませんでした。が僕的には遠巻きながらもイルカを見ることができたのでは良かったです。それより、海面にうかびあがるたびに沢山の船(=人間たち)に追いかけられるイルカたちのことを思うと、何とも気の毒な気がしたのも確かでした。

1時間のウォッッチングのあと、30分かけて港にもどり、ライフジャケットやレインコートを受付に返却した時

「イルカは見れましたか?」、と受付の人に尋ねられて

「ええ、見れましたが、船がすごく多くて、遠巻きにしか見られませんでした。船はざっと見て、20~30隻はいましたよ。」と僕が答えると

「ええ~っ!!そっれは船、多すぎでしたね~。」と受付のお姉さん。

ちなみに、いつもはイルカウォッチングの船は1時間の滞在時間中、平均2~3隻ぐらいらしく、この日みたいに「船団」のようにいるかを追い掛け回すこともなく、ゆったりと見ることができ、また、イルカも船のすぐ近くまで来ることがあるんですよ、とのこと。

イルカにとってはいい迷惑なゴールデンウィークだったのかも知れません。

もし機会あれば今度は船が少ない時に、ゆったりとイルカが群れをなして泳ぐ姿を

こちらもゆったりと眺めてみたいものです。

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くじら、小魚、イルカを堪能!?(GWその2)

熊本に着いて2日目は、川で小魚釣りをしました。

義父のおすすめスポットである、菊池川での浮きを使ってのいわば「ゆる釣り」。

外は曇り空でしたが、まずまずの暖かさ。

「釣りは行きたくないな~。」と、出発前には消極的だった長男でしたが

結局、一緒に来ていた娘や次男が途中から飽きて川遊びをすることになっても

長男は「僕はもうちょっと(釣りを)するよ。」とはまってい様子。

Dsc05142 ←ご覧のとおり(画像水色のシャツを着ているのが長男)。

して、釣果はというと…。

Dsc05148←1時間半でこの3匹+5匹の計8匹。うち、5匹は長男が釣りました。

ちなみに、小魚はすべてリリースしたのでした…。

(その3につづく)

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くじら、小魚、イルカを堪能!?(GWその1)

今年のゴールデンウィークは、嫁さんの実家・熊本へ行きました。

5月1日早朝、広島から高速道経由で熊本へ…ところが高速道路は既に大渋滞。山口県周南市あたりから九州方面は全く動かず。

いつもは一度高速に乗ると、大抵は一度も降りることなく熊本まで走るのですが、尋常ではない渋滞に、あせっていくこともあるまい、と、一般道も使いながらのんびりと行こう、ということになりました。

いつもならとっくに熊本に着いているであろう昼頃にようやく下関市に到着。九州は目の前でしたが、関門道(橋)も国道2号(関門トンネル)も渋滞中、との交通情報を聞き、下関・唐戸市場でお昼を食べることに。

Dsc05119 ←唐戸市場には沢山の海産物がならんでいました(さすが、漁業の町・下関!)。魚介類を新鮮なまま買うことができるだけでなく、寿司や海鮮丼のようにして売られている物もあり、それを買ってすぐに食べるスペースも沢山ありました。

何を買って食べようかとうろうろしていると

「ただ今、ミンクとタコが揚がりました~!!」との声。

ミンクって…ひょっとしてくじら?

声のする方に行くと、そこには…。

Dsc05120 ←何と!くじらの竜田揚げ。小学校の給食で大好きなメニューでした。早速、1パック(500円)買って食べましたが…そうそう、こんな味だった!と思い出しつつ味わいながら嫁さんと食べました。

ちなみに、長男や娘、次男にも食べさせました。

おそるおそる口に入れると

「くじらっておいし~ね!もっと食べた~い」と子どもたち。その一方で

「でも、くじらを食べるのって不思議な感じ。ちょっとかわいそうだね~。」と長男。

子どもたちにとっては、くじらは食べ物であるという認識は当然ながら持っていない世代。

長男の感想は、ジェネレーションギャップとともに、現代の正論(←オーバーかな)であるよな~、と感じた一言でした。

昼食を終え、関門道も少し流れてきたようだったので、高速へ。熊本に着いたのは、6時過ぎでした。

(GWその2につづく…)

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2009年3月14日 (土)

雨の東京で残念!

今日から研修です。

研修会場での受付は昼12時半だったため、ホテルを早めに出発。

地下鉄三田線で水道橋から神保町へ。

そこから半蔵門線に乗り換えて青山一丁目下車。着いたところは…。

Dsc04574←ホンダ・ウェルカムプラザ。東京に行くとしばしば立ち寄るスポットです。

今日は、特にイベントをしている様子はなく、製品の展示と大型スクリーンによる製品の紹介をしていました。

Dsc04564Dsc04565_2 Dsc04572 Dsc04568 ←車やバイクはもちろん

Dsc04570

←ホンダは飛行機も製造しています(この飛行機=ホンダジェットはもちろん模型展示ですが)。

Dsc04567 ←これは、最近発売を始めた、カセットコンロ用ボンベを燃料として稼動する家庭用耕運機。ホンダは昔から、耕運機も製造しています。

研修までのつかの間、楽しみました。

さて、東京は昨日から雨が降り続いていました。

さらに春一番の再来ともいえる強風が吹き荒れていました。

天気が回復したのは、今日の研修スケジュールが終った夕方から。

しかも、青空はなく曇り空。しかも寒いこと!

実は、今回自転車を持ってこなかった理由が、これ。

3日間の滞在で、ほとんど自転車に乗れないという予想から、今回輪行は断念しました。

とはいえ、明日は晴れそうです。

研修が終っても、新幹線に乗るまでの時間がそんなにないかも知れないので

残念ながら、今回は自転車に乗る機会はないかも知れません。

時間があれば、近くのサイクルステーションで

ロードかクロスバイクをレンタルして楽しむつもりでしたが…。

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東京おみやげ&鉄道ツアー!?

昨日から研修で東京に来ています。

今回は明日までの短期間滞在。しかも、自転車は持ってきませんでした(理由は後述)。

広島を10時過ぎに出発して、東京駅に着いたのは2時過ぎ。

ホテルは3時からチェックインできたのですが、すぐには行かず

東京駅にてそのまま在来線ホームに行き、到着早々「おみやげツアー」開始。

まずは次男のリクエスト「ポケットモンスター」のグッズを買いに出発。

山手線で浜松町に行き「ポケモンセンタートーキョー」へ。

Dsc04555 ←「ポケモンセンタートーキョー」

ここで次男のリクエストのおみやげを購入。

次は、娘のリクエスト「リラッくま」のグッズ購入へ。

山手線で新橋まで行き地下鉄銀座線に乗り換えて銀座へ。

西銀座デパートにある「サンリオギフトゲート」へ…と、その時思いだしたことが…

「リラッくま」はサンリオキャラクターではなかったんだった!これは痛恨…。

慌てて銀座駅に戻り、地下鉄丸の内線に乗り換えて東京駅へ。

東京駅地下街には、丁度1年前にオープンした各社の「キャラクターショップ街」があって

ひょっとしたら「リラッくまショップ」があるかもしれない、と思ったのです。

探すこと数分…あった、リラッくまショップ!

Dsc04557 ←正式には「リラッくまストアー」だそう。

ここで娘のおみやげを購入。ついでに、ホワイトデーのお返し(「リラッくまクッキー」)も。

このあと東京駅地下街にて

母親のおみやげ(海苔とお茶でおなじみ「山本山」)、嫁さんのホワイトデーへのお返し(自由が丘のスイーツショップ製マカロン)、同じく職場の同僚へのお返し(「資生堂パーラー」の東京限定スイーツ)、職場や家族へのお菓子…etc.

ひととおり購入したあと、ホテルにチェックインのため向かいました。

東京駅から中央線に乗りお茶の水、そこから中央・総武各駅停車に乗り換えて水道橋へ。

ホテルに着いたのは夕方4時。再び早々に出発。

水道橋から中央・総武各駅停車で神田に行き、そこから(またまた)山手線に乗り有楽町へ。

着いたところはビックカメラ(有楽町店)。

Dsc04558←ビックカメラ有楽町店。このビル、元はフランク永井さんの名曲♪「有楽町であいましょう」に登場するデパート「そごう」 だったのは有名ですね~。

ビックカメラは広島にもありますが、嫁さんへのおみやげとは…。

最近嫁さんに買ったデジカメ用のケース。

ついでに液晶モニター保護シートも購入。ビックカメラに行ったのは、ポイントカードを持っているから。

最後にここで、長男のリクエスト、カードゲーム「デュエルマスター」のカード購入のため、おもちゃ売場へ。

ありました…が、予め長男から聞いていたリクエストの内、あったのは「第2希望」のカード。

普段、カードを買い与えることをしていないので、せっかくおみやげで買ってやるならできれば「第一希望」がいいだろうな~、と思い

ビックカメラを後にして、また山手線に乗り、今度は秋葉原へ。

数軒回りましたが、さすがに「第1希望」は見当たらず。

さすがに陽もくれてきたので「第1希望さがし」は断念。

ヨドバシカメラアキハバラ店で「第2希望」のカードを購入。

これでおみやげツアーは終了!

秋葉原~神田~水道橋、と電車に乗り

7時頃、ホテル近くの食堂で晩ごはんを食べて、ホテルに戻りました。

まさに、電車三昧の1日でした。

そうそう、電車といえば、ブルートレインの「富士」「はやぶさ」が今日のダイヤ改正で廃止になりましたね~。

丁度、昨日の夕方、山手線で有楽町に向かっている時、ホームからカメラを持った人だかりを車窓越しに見ました。

残念ながら、最終列車のブルトレは出発したあとだったらしく、見れませんでした…。

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2008年12月31日 (水)

2008年ちょこっと総括

2008年もあとわずかになりましたね~。

と、いうわけで、ちょこっとふりかえってみます。

今年の我が家の最大の出来事は、やはり、5月の嫁さんの左足骨折。

次男の保育園の参観日での出来事で、一緒に行っていた僕もびっくりしました。

嫁さんは即、入院。その日から20日近く、いわゆる「期間限定父子家庭状態」となり、嫁さんは、退院後、8月の職場復帰まで自宅療養。

けれども、我ながらそこまであわてふためることもなくこの期間を過ごしたことも、いい経験になりましたね~。

それから、娘の小学校入学も、大きな出来事。で、またしても学童保育保護者会の副会長をすることに

ついでに(?)次男の保育園の保護者会の副会長もすることに…。

先日、保護者懇談会に行き、長男の担任と娘の担任の先生と話したのですが、二人とも、学校でも楽しく過ごしているようで、ひと安心。

長男とは、秋に行った、岡山・吉備自転車道のサイクリングが楽しかったです。

僕個人としては…強いて言えば、今後の仕事をしていく上で、ある意味重要となるであろう、とある資格を取得したことでしょうか(そんなに大きな出来事ではありませんが)。

あと…家族の出来事は日々いろんなことがあってつぶやききれないので、これぐらいにしておきますね~。

あ、最後にもう一つ。

このブログをスタートして3年半が経過した11月、アクセス数が3万を突破。

ちょこっとでものぞいて下さる方も含めて、感謝!です。

来年もひまありましたら、ごひいきに…。

では、よいお年を!!

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2008年11月23日 (日)

青い空とボールパークと…

Dsc03746 今日はカープファン感謝デーがあり、家族で行きました。

ファンと選手のゲームあり、お楽しみ抽選会あり…と楽しいイベントが目白押しでした。

何といっても最高によかったのが、外野の芝生を歩けたshoeこと。

小学生の頃、何かのイベントでグラウンドに入った記憶があります。

さらに小さい頃、親に連れられて市民球場に出かけ、盆踊りに参加した記憶があり(これをリアルタイムで記憶している人は、僕の年代くらいまででしょうか…)、その時グラウンドに行きました。

ともかく、30数年ぶりの「市民球場の芝生」の感触、気持ちよかった~happy01

子供たちものびのびと芝生ではねまわっていました。

いうまでもなく、今年は広島市民球場ラストイヤー。

僕も(先述の)盆踊りも含めて、何十回、何百回(←これはおおげさかな?)訪れてきたこの球場。

その最後に近づいた今、こうしてグラウンドに来れた事は感慨深いものがありました。

お昼はもちろん

おそらく最後となるであろう、カープうどん。

さすがに、最後ということもあってか、売店のある内野スタンド中段を先頭にして

何と1階の販売スタッフ控えスペースまで並ぶほどの長蛇の列。

再入場券をもらって球場近くのお店でお昼を買う、という選択肢もあったのですが

今日うどんを食べないと絶対後悔する!

…と思い、その長蛇の列に並びました。

待つこと、小1時間、ようやくカープうどん(の売店)にたどり着きました。

Dsc03760 ←内野3塁側売店を撮りました。

Dsc03761 ←注文したのは「てんぷらうどん」と「肉うどん」。

家族みんなで食べました。おいしかったあ~delicious

そしてもう一つ、思いがけないプレゼントが…。

それは、フィナーレが終わった時のこと。

その頃には、芝生にいたファンはみな、スタンドにいました。

もちろん、僕ら家族も。

選手たちが四方八方に散らばり、グラウンドを一周しながらスタンドにいるファンに向かってサインボールbaseballを投げ始めました。

「こっちへ投げてくれ~や~!!」と、スタンドのファンの声。

みんな、ボールをゲットしようと総立ち。

ボールが飛びこんだ、そこかしこのスタンドは、自分が ボールをつかもうと、もみくちゃになっていました。

我が長男もグローブを片手に選手の行方を追いつつ、手を伸ばしていました。

僕は

まあ、そう簡単に取れないだろうな~、等と思いつつも

長男から少し離れた場所で様子をみていました。すると…

背番号10・比嘉選手が投げたボールが、僕らが座っていたスタンドの方へ…と思いきや

何とボールはフェンスにあたってグラウンドを転々…。

「もう一回、投げて~!!」とファンの声。

で、比嘉選手はグラウンドに転がったボールを手に取り、再度スタンドへ。

ふわっと舞いあがったボール。視線を追うと…あ、僕の方に来る…

何気に思いつつ手を伸ばすと、次の瞬間、サインボールをキャッチpaperしていました。

しかも、座っていた場所がたまたま周囲に人ごみがなかったこともあって

僕はもみくちゃにされることもなく、比嘉選手のサインボールをゲットしたのでした…。

「お父さん、やった~!!」とうしろの座席でおおはしゃぎの長男。

今日は、球場のグラウンドに入ることができたし

最後のカープうどんも食べられたし

これだけで十分うれしかったのに

最後の最後でこんなプレゼントがもらえるとは…。

Dsc03782 ←これがそのサインボール。

何はともあれ、暖かい青空のもと、市民球場で楽しんだひとときとなりました。

Dsc03771_2 

←今日撮った画像のひとコマ。市民球場内野3塁側からみた風景。手前の木々はカープの優勝や鉄人・衣笠選手の連続試合出場記録の記念碑などがある「勝鯉の森」。そして道路(相生通りといいますが…)には広電の路面電車(グリーンライナー連接者タイプ)が走り、道路をはさんで向かいには原爆ドームが午後の陽射しを受けていました。この角度からこんな風景も、もう撮ることができなくなるかも、と思いつつ撮りました。

広島(市民の心)の復興をともに見続け、支えてきた市民球場がここからなくなってしまうなんて、ドームは何て思っているんだろうなあ…などど思いつつ、シャッターを切ったのでした。

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2008年11月22日 (土)

3万人の「おつきあい」に感謝!

ついに、この「ソーダ水のつぶやき」にも

極めてひっそりと、ではありますが

アクセスカウンターをつけましたflair

ほんとうに、ひっそりと…です。

「え~、今ごろ~?」と思われる方もいらっしゃるでしょうね~。

で、つけてみてわかった新事実が一つ。

この「つぶやき」を始めて今日までの約3年7ヶ月

アクセスは3万を超えていたんですね~shine

驚いたと同時に

こんなとりとめないつぶやきをのぞいていただき、あらためて感謝happy01しております。

よく、アクセス数がものすごくて有名になったブロガーの方々とか

逆に(?)有名タレントさんのアクセス数がスゴイ、とか

時おりマスコミを賑わせていますが

僕自身、人に見てもらいたいとかアピールしたいとか

あまり考えずにつぶやいている感じなので、それだけに

自分が意識していないのに、のぞいてくれている方々がおられることに感謝しております。

これからもマイペースでつぶやきますので

ひまあれば、のぞいてやってくださいませ。

取り急ぎ、ご報告と感謝まで…。

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2008年11月 4日 (火)

さよなら街のシンボル、そして…

11月に入り、永らく広島都心部の復興を見続けてきた、2つの「もの」が、ついに消えることになりました。

一つは、中区基町・旧太田川(本川)河川敷に雄大にそびえ立っていたポプラの木。地図でいえば、平和公園のやや上流、丁度川が「く」の字になっていて突き出たところに1本生えていました。いつ植えられたのかは不明。ですが、戦後まもなく植えられたようです。

終戦後の住宅難もあり、バラックで覆われていたこの一帯が、広島市内屈指の巨大な都市公園(中央公園)へと変貌する様を見続けてきたこのポプラが、いつしか市民の心をなごませてくれるシンボルへと変わっていきました。

4年前の台風で一度折れてしまいました。その後植えなおされ見事に復活した…かに見えました。

ところが、今年の春の調査で枯死していることが判明。そして、この11月1日、ついに伐採されてしまいました。

Dsc03539

←伐採され、切り株だけ残ったポプラ。さびしいなあ…。

僕は永年(保育園時代~社会人1年目までの20年)、この近くに住んでいて、それこそ、都心部へ歩いて(もしくは自転車で)行く時はこのポプラの木がそびえる河川敷を幾度となく通ったものですし、広島市郊外に住んでいる今でも、広島市内中心部方面へ向けてのサイクリングコースとして、この河川敷をよく走ったりしています。また、ポプラをとりまく芝生広場も、ある時は一人物思いにふける場として、ある時は恋人とのデートに、またある時は友人と語る場として、そして、家族でのお出かけの場として…今でも大好きないこいの場所だったりします。

そのシンボルだったポプラが風景の中から消えたのは、なんともいえぬさびしさがこみあげていたりします。

もう一つは、そのポプラから南東に約1キロ、中国地方一の繁華街・紙屋町交差点南東角でカーブを描く8階建ての「広電ビル」。

Dsc03544

このビルは、亡き父の話では、少なくとも昭和40年代前半にはあったようです。

ちなみに、通りをはさんで真向かい(北東角)にも、同じようにカーブを描くビルがあり、この二つのビルは、まだ紙屋町周辺に大きなビルが少なかった昭和40年代前半はそれこそこの地区のランドマーク的存在だったそうです。

Dsc03541

しかし、昭和49年、交差点北西に、当時の広島としては巨大な10階建ての「広島センタービル」が出現。その後、周りのビルも次々と高層化が進み、この二つのビルは目立たなくなってきました。

さらに、向かいのビルは数年前に(画像の通り)外壁工事が施され、見た目は近代的になりました。これにより、広電ビルはますます古さが目立つようになってしまいました。

ビルの持ち主である広島電鉄は、数年前にこのビルと隣接するビルを合わせて立て替えるとの再開発計画を発表。そして、くしくもポプラが伐採された日と同じく11月1日、ついにビルの解体工事が始まりました。

広島市内都心部にあった「憩いのシンボル」「都市復興のシンボル」が同じ日に消える(消えようとする)のも、何かの因縁かもしれません。

しかし、全てがなくなってしまうわけではありません。

ポプラの切り株のすぐ横に、数年前に植えられた、若い2世ポプラがすくすくと育ってきています。

Dsc03537

←画像左が「ポプラ2世」

そして、切り株となった「1世」もベンチとして生まれ変わるらしく、引き続き僕らの心をなごませてくれる存在としてこの地で存在していくそうです。

広電ビルは、3年後の春、今の約2倍の高さのビルとして生まれ変わるそうです。広島電鉄発表の完成予想図では、伝統(?)のカーブを活かした高層ビルになるらしく、地上階はオフィスや商業施設が入り、地下は紙屋町地下街「シャレオ」とつながるそうです(完成予想図の画像は広電のサイトのトップページで見れます)。

再び、紙屋町のランドマーク的存在のビルとして、また、広島都心部のさらなる活性化という期待を担っての登場となるそうです。

まさに、世代交代の感、ですね~。

やがて、我が子どもたちが大きくなった頃

2世となったポプラは彼らの憩いの場として

新広電ビルは彼らが行き交う都心のランドマークとして

シンボリックな存在となっていることでしょう…。

2つの消え行くものをながめつつ

そんな思いをめぐらせた僕なのでした。

                                                                            ♪「消えていくもの」by吉田拓郎

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2008年11月 3日 (月)

修理、修理、修理!!

昨日はお昼まで仕事。

で、仕事帰りに兼ねてから行きたかった修理品を出しに、広島市内を3ヶ所回りました。いわば「広島市内修理回りツアー」(!?)

1ヶ所目は、車のディーラー。愛車・ホンダストリームの運転席パワーウインドがオートクローズにした時、途中で止まり勝手に下がる、という不具合が2週間前に発生。1週間前に一度ディーラーで見たもらったところ、無料で部品交換ということに。但し、部品がその場になかったため、その入荷を待っての修理となっていたわけです。

部品交換を終えて、操作もスムースになった、愛車のパワーウインド。おまけに洗車もしてくれて、とてもよい気分でディーラーをあとにしました。

2ヶ所目は、広島市内の楽器屋。10年前に購入したウクレレの電池ケースが開かなくなり(ちなみに僕のウクレレはアンプ内蔵のエレキウクレレなのです)、下手にこじ開けて壊すよりは購入したお店に持って行った方がいいだろう、と思っていたのですが、そう思いつつも忙しくて数ヶ月が経過していたのです。見てもらえるか、少々不安に感じつつも楽器屋へ。

「いやあ~、10年前当店でのお買い上げですかあ~。大事に使っていただいて、どうもありがとうございます!しかも、アンプ内蔵のウクレレですね~。今、このタイプのウクレレ、なかなか無いんですよ。これからも大事に使って下さいね~…あ、この保証書、なつかしいなあ。当時はこんな保証書でしたね~。」店員のお兄さんの明るい対応で心がなごんだ僕。

店員さんは様々な手段を講じて電池ケースを開けようとして下さりましたが、結局、電池ケースは開きませんでした。結局、製造元に対応してもらうことに。ついでに、10年選手でるため、各部分の点検等も依頼。2~3週間、ウクレレとはお別れ、とあいなりましたが急いで必要であるわけでもなく、また、店員さんが一生懸命対応して下さったことにある意味満足したこともあり、あとはもうおまかせ、といった感じで楽器屋をあとにしました。

3ヶ所目は、広島市内の時計屋。7年前に購入したお気に入りの懐中時計型スウォッチの電池交換を1ヶ月前にしたのですが、ほどなくして動かなくなってしまいました。で、これまた購入した時計屋へ。

「お客様、スウォッチの保証期間は2年間でして、それを超えたら修理不能扱いになってしまうんですよ…申し訳ありません。」と、本当に申し訳なさそうだった、店員のお姉さん。ところがあらためて時計を眺めた店員さん、「お客さん、今は動いてますね~。」確かに秒針が動いていました。

「ちょっとお借りして良いでしょうか。」と、店員さん。時計を預かると分解し、内部の機械の清掃と電池の入れ直し&点検を始めました。待つこと10分。「時間も合わせておきました。これで様子を見て下さいね。」とのこと。修理はできなかったものの、一生懸命できうる範囲で見てくださった店員さんに感謝をしつつ、時計屋をあとにしました。

修理三昧の半日、しかもまともに修理が済んで手元に戻ってきたのは車だけでしたが、なぜか良い気分で帰宅した僕なのでした…。

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2008年10月29日 (水)

それぞれのリフレッシュ(その1)

先週の土曜日、職場である福祉施設のおまつりがありました。

当日は、屋外ステージでのMC&音響機器操作を担当。天気も良く、近年でもなかなかお客さんの動員が多かったらしい(上司・談)おまつりとなりました。

月曜日はその代休でした。

かねてから、16年前同期入社したMさんと「まつりが終ったら、打ち上げもかねて、職場の連中に声をかけて、日帰りで温泉へ行こう!」と話をしていました。「宴会部長」の異名をとるMさんは、僕の一つ年下の女性ですが、後輩の面倒見もよく、またさばさばしていて、僕も仕事ではある意味信頼を寄せている同僚なのです。今回のおまつりでは、ステージ担当の僕のサポート役として、十二分に仕事をこなしてくれて、とても助かりました。

今回の日帰り温泉企画も、場所の選定や職場の連中への声かけ等、彼女におまかせでした。

「その代わり、僕が車出すから、(Mさんは)現地で心行くまで飲んでいいよ。」

と、言うと

「まかせといてっ!」

とMさん。

で、月曜日。

「結局ね~、このメンバーだけになったんよ。」…今回の日帰り温泉企画、何と、MさんとTさんと僕の3人のみ。Mさんはいろいろとお誘いの声を同僚にかけていたそうですが、数名が土壇場で参加できなくなったため、結果的にこの3名になった、とのこと。

ちなみにTさんは、僕より3歳年下ですが、短大卒で入社したため、僕らとはほぼ同期入社。3人だと少々、盛りあがりにかけるかな~、とか思っていたのですが「まあ、3人でも楽しんでいきましょうか!」と出発。

出発早々「ごめん、息子の保育園に寄ってもらえる?」2児の母であるTさんは、今朝保育園に息子さんを送って行った時、室内用シューズを持っていかせるのを忘れた、とのこと。

「オーケー、いいよ、寄って行こう。」お酒好きのMさんとTさん、そして、普段お酒をまったく飲まず、ドライブ好きな僕。それぞれの利害が一致。今回、運転手の僕は、2人を乗せて、Tさんの息子さんの保育園へ。

「いや~、実は僕も今日、息子(=次男)のシューズを忘れてね~、大変だったよ!」

「そうなんよね~。おまけに週の初めだから、布団もいるよね~。」

「そうそう、さすがに布団は忘れんかったけどね~。」

子育てトーク炸裂のTさんと僕の会話を聞きながら

「子どもさんがいると、いろいろあるもんね~。ウチの姉も子どもがいるからよく言ってるけど…。」と話に入ったMさんは、外見も中身も悪いところは見あたらないのに、なぜか独身。彼女自身は独身主義者というわけでもなく、要はこれまでタイミングが…とはMさん談。そういうことをさらっと言っても嫌味のないところが、Mさんらしいところ。一体「世の中の男性諸君」は何しているんだろう…というぐらい、いい人のMさん(←まあ、僕にとっては嫁さん以外の女性はどうでもいいのですが…)ですが、こんな「おかあちゃん、おとうちゃんトーク」にも自然にかつ嫌味なく入って、さらに盛り上がります。

温泉までの2時間弱のドライブでは、最近の子どもを取り巻く環境…みたいな少々おカタい話から、僕と嫁さんの結婚する前のエピソード、Mさんの沖縄一人旅のエピソード、Tさんと旦那さんの日常のエピソード…もちろん、仕事のグチもちょこっと…とはいえ、どの話も楽しくワイワイガヤガヤと、まるで修学旅行初日の目的地までの車中さながらの盛り上がり。

こうして、たどりついた温泉地は「ホリスアイランド」という、広島湾に浮かぶ江田島にある、どちらかといえばリゾート地。

夏は海水浴や釣りも楽しめ、また女性の方々にはここでエステも堪能できるそう。

今回、Mさん(とTさん)の目的は「温泉&おいしいランチ&エステ」のプランを堪能することだったそうですが、さすがは気配りの利くMさん、男性の僕はエステ不要、ということでエステ抜きプラン(つまり、温泉&おいしいランチ)を申し込んでくれていました。

さらにMさんは、女性陣がエステを楽しんでいる間、僕が退屈しないように(=3人それぞれがお互いに余計な気を使わずリフレッシュできる時間を楽しめるように)、と、こんな提案を事前にしてくれたのでした。

「○○さん(←僕の名)、自転車持ってきてもいいですよ~。サイクリングを堪能できるよ~。」

もちろん、この提案を僕は快諾。さすがにシラスは持って行きませんでしたが、パナソニック・ライトウイングを荷室に積んで行きました。

かくして、ランチの時間にレストランで合流することにし、女性陣はエステへ。僕はサイクリングを楽しむことになりました。

                                       (その2につづく)

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2008年8月31日 (日)

さよなら夏休み

長男と娘の通う小学校は、29日(金)より始業しました。

二学期制のため、明日(9月1日)始業ではないのです。

その代わり「秋休み」なるものがあるらしい…。

過ぎ行く夏を惜しんで…というわけでもないのですが

この夏、あまり更新できなかったせめてもの穴埋め(?)つぶやきを、画像とともにしてみます。

Dsc00658 Dsc00388

この夏休み期間だけで、野球の試合(もちろんカープ戦)を6試合観に行きました(もちろん、嫁さんや子どもたちと)。

市民球場ラストイヤーということもあり、最近は我が家のレジャー記録(?)としてだけでなく、球場や周りの風景なんかも、試合を観に行く度に、撮りまくっています。

Dsc00383 ←こんな風景とか。

あと、なかなか自転車を乗りこなすことができなかった次男に、長男の以前の愛車・クロスファイアーキッズに補助輪をつけて「おさがり」したところ、次男は喜んで自転車に乗るようになった、というつぶやきを以前したかと思いますが、そのクロスファイアーキッズでの「公道再デビュー」を次男が果たしました。

Dsc00271 ←広島市南区・宇品みなと公園にて。

画像向かって左を走っているのは娘。18インチ・スチールフレームのクロスファイアーキッズは、4才の次男には漕ぎ出しがちょっときついものの(何たって彼の本当の愛車・スペシャのホットロックは12インチ&アルミフレームですので)、思った以上にスピードにのると楽しいらしく、この日も娘を楽しそうに追いかけまわしてました。せっかく買った「本当の愛車」がほっとかれるのはオヤジとしては少々ショックではありますが、それ以上に次男が自転車好きになってくれたので、よしとしよう…。

そして、この夏の我が家の最大のニュースは…嫁さんの復活!!5月下旬の左足首骨折、約3週間の入院の後、通院と自宅療養(&リハビリ)の日々でしたが、8月中旬、仕事に復帰しました。

その他…嫁さんの実家への帰省、職場の同僚を呼んでの「お泊り子連れバーベキュー」、子ども達の同級生家族の声かけにのって行った「川遊び&バーベキュー」、植物公園の「オオオニバス乗り&水遊び」…「安・近・短」な夏を細切れに(?)楽しみました。

何より、初めての夏休みだった娘(小1)が、どうにかこうにか過ごせたことも良かったです(宿題も、何とか間にあったようだし…汗)。

Dsc00773_3 ←8月30日、16時頃撮影。雨上がりの平和大通りにて。決して涼しい日ではありませんでした。画像ではわかりにくいかも知れませんが時おり雲のすき間からビルに反射していた陽射しも心なしかやわらかい気がして、秋だな~とか思いつつ、シャッターを切りました。

いよいよ、秋ですね~。

(♪「夏の終わりに」byシュガー・ベイブ)

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2008年8月 9日 (土)

お米屋さんのジュース

まだまだ暑い日々が続いていますが、なつかしい冷たい飲み物を見つけたのでつぶやいてみます。

3日前、近所のコンビニに長男と買物した時

「あ、なつかしいロゴ!」

手にとって思わず買ったのがこれ。

  Dsc00466_2

 

「プラッシー」という、なつかしいジュース。

僕が小学校低学年頃(昭和50年代前半)、夏になるとCMとか流れていた記憶があります。

プラッシーのCMを見ると

なぜか「夏休みが来た!」と思ってウキウキしたものです(なぜだろう…)。

中身は見てのとおり、オレンジジュース。

小さい頃の記憶では、もっと黄色だったような…。

容器はさすがにペットボトル全盛の現代(?)。

もちろん、当時はビン。

それから、当時はオレンジだけでなく、グレープとか数種類の「味」が発売されていたと思います。

この「プラッシー」当時はお米屋さんで売られていました。

フツーのスーパーではあまり見かけなかった記憶が…。

小学校時代に住んでいた家の近所にお米屋さんがあって

「プラッシー」の固定看板が店先にありました。

夏休みともなるとそのお米屋さんによく行ったものです。

目的は「コーラバー」というアイスキャンディを買うため(プラッシーはたまに買っていたかな…)。

確か、1本30円。

アイスの成型加工が今一つだったのか

アイスの形が整ってなくかつ棒もまっすぐにささっていない、等

今考えるとよく製品として成り立っていたよな~

とか思うのですが

値段の割にはアイスの量が(当時売っていた50円くらいの棒つきアイスキャンディと比べて)多く

しかもよく当たる「くじつきアイス」でした。

あまりにもよく当たるんで、一時期、当たりバーを数本ストックして

いつかまとめて交換して、冷蔵庫に保管しておいて家で食べたい時に食べられたらいいな

…などとひそかにたくらんでいたほど(?)よく当たるアイスキャンディでした。

実際には、せっかくためていた当たりバーの大半は交換することもなくいつの間にか行方知れずになってしまい

僕のひそかなたくらみは夢と消えてしまったのですが…。

ともかく、夏休みともなると毎日のようにそのお米屋さんに「コーラバー」を買いに行き

お米屋さんの近くの公園で、蝉の声を聞きながら食べたものです。

コンビニから帰ってペットボトルに入ったプラッシーを飲みながら

30数年前の、そんな夏休みの記憶をたどっていたひとときでした…。

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2008年7月30日 (水)

とりあえず、健在

実に1ヶ月以上ぶりのつぶやきです。

体調をくずしていたsadとか

はたまた我が家で一大事sign03があったから、とか

いわゆる「おおごと」があって更新できなかった…

のではなく

単に多忙だったから

これにつきます。

とりあえず、我が家はみんな元気punchです。

それこそ、つぶやきがいのある出来事は沢山ありましたが

その分いそがしくて「こちら」に手をつけることができずじまいでした。

気がつけば、7月ももう終わりますね~。

思いついた今月のトピックをつぶやくとしますか…。

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2008年5月22日 (木)

参観日(長男・娘編)  

今日は長男と娘の小学校の参観日。

お昼から仕事の休みをいただき、行きました。

1年生の娘は、廊下で授業をながめていた僕を見つけると、満面の笑み。

いやあ、来て良かったあ~!!やはり、我が娘がいちばんかわいいlovely(←どうしようもない親ばか…我ながら)

小学校に入学してもうすぐ2ヶ月。授業にもなれつつある娘の教室をあとにして、つづいて4年生の長男の教室へ。

今までの長男の名セリフ(?)はといえば、

「答えがわかっても、手をあげんもん。こたえたくないけ~。」

ある意味、僕とは正反対のパーソナリティを持つ長男ですが(ちなみに僕は手を上げて先生にあてて欲しかったクチ、でした…coldsweats01)、今日の授業は今までの長男とは少し違っていました。

先生から生徒への質問(なげかけ)に、今までだったらあまり反応しない(こたえない)長男が、今日は結構大きな声で答えていました。

また別の場面では、各班に配る用紙をたまたま長男の班の机の上に置き忘れた先生が

「あれ、用紙、どこに置いたかな~。」と言いながら探していると

「先生!ここに置いてあるよ!!」

ニッコリsmileと大きな声で先生に用紙のありかを教えたのは、何と我が長男。

今までだったら、同様のシチュエーションがあっても、

(まあ、だれか他の人が先生に教えるだろう。)

と大勢の前で話すのが苦手な(←これも僕と真逆)長男は我関せず、のスタンスだったでしょうが、今日の授業中はとにかくよく声が聞こえました。

3年生から持ち上がって、クラスの雰囲気や担任の先生とも楽しくとけこんでいるんでしょうね~。

親が思う以上に、子どもたちは日々成長しているんだな~。

などと、あらためて感じたのでした。

さて、明日は次男の保育園の参観日。

今からワクワクしております…heart02

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2008年4月26日 (土)

四十代突入

shine昨日、ついに四十歳になりましたshine

1年前のつぶやき(「不惑へのカウントダウン」)で、この1年で不惑の人になれそうもない、みたいなことをつぶやきましたが…やはりそうでした。

まだまだ「迷う」ことの多い人生(?)、ぼちぼちと四十代を楽しみながらいければ、と思っております。

これから、各種書類などで年齢記入欄には「40歳」と、間違えずに書かねば!

そうそう、このブログは17日で4年目に突入(のぞいてくださる方々、ありがとうございます!)、引き続きよろしくお願いします。

あ、プロフィールの「三十代後半の…」も「四十代前半の…」とかに書きかえなくちゃ…。smile

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2008年4月14日 (月)

かわいいって…ねぇ!?

数日前、職場の事務所の真向かいに座っている、一回り近く年下(つまり、二十代後半)の女性(以下「A子」さん)から

「○○さん(←僕の名前)、髪を切られたんですね。」

と言われました。

「そうなんよ~。ここ最近忙しくて、なかなか美容院に行けなくてね~。やっとこの度、切りに行けたんだ。」

と僕が何気に言うと、A子さんは

「何だか…かわいいですよ~。」

予想もしなかったA子さんのコメントに瞬時に

「えっ?」と口をついて出ていた僕。

すると、A子さんの席の隣に座っている(やはり彼女と同じ位の年の)「同僚」のB子さんが

「ちょっと、それは失礼よ。」とA子さんにひとこと。

「失礼…だったですか?ごめんなさい。でも、かわいくなったなあ…と思ったので。すみません…」

申し訳なさそうに僕にあやまったA子さんに

「いやあ、気にしなくていいよ。ただ、かわいいとかそういうの、久しぶりに言われるんでちょっとびっくりしただけだから…。」と僕。

本当、まさかこの年でかわいいと言われるのは…何だか不思議な気分なのです。別にいやとかそういう「不快」ということもなく、さりとて「ものすごくうれしい」というでもなく…というのが正直なところ(まあ、何にせよとりあえずほめ言葉だったのだろう、と良いように解釈して「ちょっとうれしい(?)」くらいで受け止めておりますが…)。

ところで、思い返せば、それこそ「かわいい」と散々言われた時期がかつてありました。

ピークは中学生の頃。

「小柄」で「童顔」だった当時の僕(今もそうですが…って、40歳になろうかとしているのに「童顔」って…汗)。

最初は忘れもしない中学校に入りたての頃でした。

休憩時間など校内を歩いていると、話したこともない、2年生、3年生のお姉さん方が

「あ~っ、○○君(←僕の名前)よ!かわいい~っ!!」

どかどかっと寄ってきて、時には取り囲まれてぎゅ~っと抱きしめられたりしてました。

普通、思春期の男子ともなれば女の子にちやほやされたらうれしいでしょうし、

ましてや、抱きしめられたら「もう最高~!(←?)」の気分なんでしょうが

僕の場合はとにかく恥ずかしくて、「かわいい」とか言われるのはちょっとなあ…とか思っていました。

でも結局は、そんな「お姉さん方」に抵抗することもできず、だまって真っ赤な表情(だったと思う)でうつむいて、なすがまま。

そんな僕の様子にお姉さん方は

「照れてる~、ウチらこわい?こわかったらごめんね~。でもかわいい~!!」

挙句の果てに

「○○君(←僕の名前)を守る会」

といった会が結成される始末。

実際、その会の活動でどんなことをしていたのか、張本人の僕にはわかりませんでしたが…。

そんな様子をみていた同級生は僕に

「お前は母性本能をくすぐる何かがあるんだよ。」

とわけのわからないなぐさめ(?)を言われてますますこっちがわけわからず、でした。

やがて2年生、3年生と進級し、当然「かわいい~」と騒いでいたお姉さん方も順次(?)卒業していなくなり、やれやれ、と思っていた、3年生の1学期のある日。

廊下ですれ違った1年生(つまり後輩)の女の子達の

「あの先輩、3年生だけど、かわいいね…。」

「うん、ウチもそう思ったんよ…。」

との会話が耳に入り

「え~っ、今度は1年生かよ…。」

この時はさすがに「恥ずかしい」よりも「ばかにされてるかな…」と一瞬思いつつも

「まあ、好きなように言ってくれ。もうどうでもいいや。」

と開きなおり。

さらに、何と言っても絶句だったのは、高校の入学式。

すれ違いざまに、数人の3年生から

「あいつ、かわいいのう…。」「ほんとじゃ、かわいいのう…。」

との会話が耳に。

…僕の通った高校は男子校なんですけど…。

さすがに

「男からは言われたくねぇなぁ…まだ中学の頃がマシだったなぁ…。」

とその時は思った僕でしたが…。

それから20年以上過ぎた今「かわいい」と言われるとは…。

ただ今回は、中学の頃の「戸惑い」とは明らかに違う戸惑いでした。

あの頃はうぶな少年の僕だった(?)ので、どう対処していいかわからないという「戸惑い」でしたが

今は

「40歳目前のおっさんが、かわいいって…どうなんだろう?」

かなり中身の違う「戸惑い」なのです。

だって、もう「うぶ」でも「少年」でもないわけですから…。

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2008年3月 8日 (土)

東京、ちょこっとだけ

東京に来て2日目。

つぶやきたいことはいろいろあるのですが、

実は、ホテルのLAN(無線・有線ともに)とPCが接続不調のため快適にネットを楽しむことができないのです。

仕方がないので、「緊急用」として持ってきていたケータイのモデムカードでネットにつないでどうにか対応しているのですが、当然LANよりはるかにスピードが遅く、

例えばこのつぶやきで画像を1枚アップするだけでも数分かかるありさま。

と、いうわけで、東京でのエピソードは広島に帰ってからにします。

Dsc01016 ←ホテルでは今、こんな感じでくつろいでいます。

デジタルプレイヤーの音楽やラジオを聴きながら、お茶飲みながらとスティック野菜をつまみつつ、パソコンいじっています。しか~し!!

この画像1枚をアップするのに4分かかりました。いつもは一瞬なのに…。

明日は朝早くの「出勤」なので、今日のつぶやきはここまでにします。

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2008年2月23日 (土)

被害は最小かな?

唐突ですが、次世代DVD対決は、結局ブルーレイディスク(BD)が勝利、と数日前のニュースで報道されてましたね~。

国内的には、ナショナル、ソニー等がBD陣営で、今回「敗北宣言(=撤退表明)」した東芝はHD-DVD陣営。

自動車メーカーでいえば、トヨタとホンダが手を組んで、日産と対決…といった図式でしょうか(余計わかりにくい例えだなあ、我ながら…)。

世界的にはアメリカの映画配給関係がBDを支持…これが決定的だったのでしょうね~。

とはいえ、1年前までいかずとも半年前でさえ、こんなに早く決着が着くとは思っていなかったです。

今回の騒動で、よく引き合いに出されるかつてのVTR対決「VHSvsベータ」なんて、かなり長いこと決着がつかなかったですよね。

我が家にまだビデオデッキがなかった中学生の頃、既にビデオデッキを持っていた同級生達が「ベータがいいんで~!」「いや、VHSのもんよ~!」と言い争っていたのを覚えていますが、それが1980年代前半のこと。

我が家に初めてビデオデッキがきたのは1986年~1987年頃でしたが、それはVHSでした。それから2年後に我が家のビデオデッキがベータに代わりました。が、その1年後には再度VHSに(なぜこんなにデッキがころころ変わったのかは不明ですが、確か全て中古でした)。

事実上、VTR対決はVHSに軍配があがる形で決着がついたのは、1990年代初頭だったと思います。

つまり、10年(近くかもしくはそれ以上)もこの対決は続いていたことになります。

だから、今回の次世代DVD対決も

今はBD優勢だけど、長期戦になるだろうからまだわからんだろうな~。

ぐらいに思っていたのが半年前でした。

しかし丁度1ヶ月前、「BDとHD-DVDの違い」について取り上げたラジオ番組があって、その中で広島市内の某大型家電量販店の中継レポートで店員さんが

「ウチの店ではHD-DVDはほとんど置いていません。売り上げのほとんどはBDです。」と当たり前のように(?)おっしゃっていたのを聴いて、かなり驚きましたが…。

HD-DVD陣営の各社開発および販促担当等々…の方々には申し訳ないのですが、かつてのVTR対決のような「長期戦」にならなかったことは、これからの普及を考えるとユーザーにとっては良かったことではないかと思います。

国内大手家電量販グループは、既にHD-DVDのデッキを購入したユーザーを対象に、差額支払い等でBDに買い替えできるよう対応をとる、なんてニュースもありましたし…。

まあ、我が家はフツーの(?)DVDレコーダーですので、今のところはどっちになろうと、全く関係ないのですが…。

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2008年2月21日 (木)

ダブルヘッダートーク無事終了

先日、とある子育て集会にて、総合司会をしてきました。

某大学の体育館、参加者600人ちょっとの研究集会でのMC。

この分野で有名な先生の講演会、各子育て現場からの基調報告…と午前中3時間のMCでした。

ちなみに毎年、保護者の立場で参加者として、この集会に参加しているのです。

もちろん、今年もそのスタンスで参加するつもりでした。

が!

およそ1ヶ月前に、突然この主催者から我が家に電話が…。

「○○さん、実は今度の集会で前半の総合司会をお願いしたいのですが…」

誰だあ~、僕の名前を出したのは…

その数日後、この集会に毎年スタッフとして関わっていらっしゃる、長男の同級生のお母さんが実行委員会で

「あの人ならやってくれるよ!」とか言ったのが発覚。

ていうか、参観日の時

「もしかして、(僕を)すすめた?」と尋ねたところ

「すすめた~!ごめんね~でもバッチリやってくれると思って」

あっさりとそのお母さん。

まあ、とりあえず、バッチリMCさせていただきました。

正直、久々の600名という大人数の観客(席)を前にしてのステージは、実は快感でした。

ところで、この集会の午後は分科会がありました。

こちらはやはり1ヶ月前に別の担当者から

「分科会で15分程度、子育てのエピソードをしゃべってもらえませんか?」

と突然の連絡。

MCより、こっちの方が、準備が大変でした。

何せ、主催者曰く

「子育ては大変だけど楽しいこともあるよ、と参加者が前向きになれるような内容にしてもらえたらうれしいのですが…」

と注文あり。

しかも15分にまとめる必要あり。

結局、レジュメを作り、項目をいくつか設定し、項目毎に話すおおまかなネタをそこに書き込んで当日に望みました。

40名参加の小規模分科会。発表者は僕以外にも数名いらっしゃって、この手の分科会でよくある、時間オーバーが続出。

僕は4人目の発表でしたが、予定の時間はかなりオーバー。巻きは必至の状況。

結局、発表時間を12分に短縮し、何とか伝えたいことは全てしゃべりました。

やや早口でしゃべったので、参加者のみなさんが理解できたか、気になりましたが

「楽しそうな発表、元気がでました!」

とか感想をいただき、とりあえず目的は達成できたようです。

しか~し、

やっぱり1つのイベントで2つの「大役(?)」はハードでした…。

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2008年1月28日 (月)

どうりで…

早朝5時過ぎ。眠い目をこすりながらエアロバイクに跨る日々が続いています。

まだ暖房も入れていない寒い部屋の中でも7~8分も漕いでいると、じわりと体が火照ってきます。

そうなると、ペダルを漕ぎつつハンドルバーから手を離して、長袖シャツを脱ぎ捨てノースリーブのシャツ1枚になり、残りの時間は漕ぎまくり。

…ですが、今日は10分漕いでも体が「点火」しませんでした。

なかなかぬくもらんのう(←広島人なもんで)…とか思いつつ漕ぎ続け

結局「点火」したのが12~3分過ぎた頃。

考えてみればぼちぼち寒さのピークだもんな~

くらいに思っていたら…

何と!日中から広島は雪。

今日は仕事で広島市西隣にある「廿日市市」に夕方までいたのですが、時間が過ぎるにつれ降雪は止まず。

それどころか、気温の低下とともに、積もり始めました。

夕方、西広島バイパス~山陽道と通りましたが、特に山陽道は廿日市インターから道路も含めて白銀の世界でした。

Dsc00693 ←この画像は西広島バイパス。渋滞中にシャッター切りました。

冬タイヤを装着していたとはいえ、あまりの積雪具合(?)にヒヤヒヤしながら走って帰宅。

早朝のできごとは「予感」ならぬ「予寒」(?)だったようで…。

明日はもっと寒いのかなあ。

(♪「雪」by猫)

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2008年1月27日 (日)

この1週間

忙しくて、この「つぶやき」の更新もままならない状況でしたが、この間のトピックについてちょこっと振り返ってみます。

19日(土)は、実母と近くの中華料理店で夕食兼バースデーパーティー(本当は21日がバースデーだったので、ちょこっと早かったのですが…)。これには妹夫婦と子どもにも声をかけて、総勢大人5人子供4人のにぎやかな晩御飯となりました(ちなみに母は今年62歳で父が生きていれば今は62歳ですので、僕は両親が若い時に産まれた子どもなのです…)

23日(水)は、結婚記念日でした。早いもので結婚して11年(まあ、交際期間の6年を足すと17年ですが…)。今年は好きなショートケーキを子どもたちも含めて買って、みんなで食べました。いつもなら、嫁さんへプレゼントをするのですが、ここ数日の忙しさでこの日はプレゼントできず。ようやく、おとといの仕事帰りに買いに行けましたが、今日渡すつもりです。さて、どうやって渡そうかな~などど、今子守りしながらシチュエーションを考え中(ちなみに、今日は嫁さんが資格取得の試験のため朝から出かけ、長男は通っているスイミングスクールの日帰りスキーに行っているため、娘と次男の子守りデーなのです…)。ワクワクしながら思案中なのです…。17年つきあってきても、こういうトキメキ(←文字にすると気恥ずかしいなあ)は大切ですからね~。

昨日(26日)は、長男9歳のバースデー。実家で母と一緒に夕食兼バースデーパーティー。さすがに、ケーキは本人の希望もありショートケーキではなく、一応(?)ワンホールタイプ。

Dsc00628

小さい頃から、バースデーケーキといえば好きなアニメやヒーローのキャラクターをがあしらわれているものをリクエストしていた長男でしたが、9歳ともなると

「もう、ああいうのより、果物とかいっぱいのっているのがいいな~。」

「名より実を取る」とでもいうべき(?)なのでしょうかね~、長男も彼なりのスピードで「幼さ」がに少しずつ薄れているのかもしれません。

そういえば、今日の日帰りスキーにしたって、親の付き添いがないわけですから、もし今回のような企画がちょっと前にあったとしても、長男だったらきっと

「一人なら行かない。」と言っていたに違いありません。

仲の良い友達が参加するわけでもないのに、今回のスキーは

「行ってみようかな?」

即答。無論、スキーが大好き、というわけでもないのに…。

やはり、親が考えている以上に、内面的に成長しつつあるのかも知れません…うれしいような、ちょこっとさびしいような…。

…長男ネタでかなりつぶやいてしまいましたが、そんなこんなでイベント続きのこの1週間だったのでした。

さて、今日の子守りはなにしようかな…ワクワクです。

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2008年1月19日 (土)

渋滞の中で…

昨日はいつもと違うルートで帰宅。

途中、某橋の上で渋滞にかかり、やむなくしばし停車状態に。

ふと、運転席から眺めると、夜景がきれいだったので思わずシャッターを切りました。

Dsc00548_2 ←いつものごとく、ピンボケご容赦。夜景モードはどうも…(汗)。

(♪「暮れゆく夕べの空」byエレファントカシマシ)

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2008年1月 5日 (土)

熊本に来ています

昨日(4日)は仕事初めでした。

仕事が終って一路、熊本へ。

(前述の通り)嫁さんと子どもたちを迎えに、です。

道中撮った1枚。ややピンボケですが、ご容赦を…。

Dsc00469

高速にのって4時間で、嫁さんの実家に到着。

嫁さんと子どもたちと3日ぶりの再会。

4つの笑顔に囲まれて「やっぱり家族は最高だな~」

と実感。

またまた嫁さんの実家でも

のんびりと過ごしています。

明日は家族5人で広島に帰ります。

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初詣のハシゴ

1月2日は、高校時代からの親友が我が家に遊びに来ました。

1年ぶりの再会。

夕方までお互いの近況などいろいろと話し、夜になってから

「久しぶりに学生時代みたく、これから出かけてみるか。」

と意気投合し、車で初詣に行くことに。

まずは、友人のたっての希望もあり(?)

広島市内にある不動院へ。

さすがに、夜は人がいなくて真っ暗。

人が通ると反応するセンサーライトの明かりの中で参拝。

その後、高速道路にのり

とりあえずは宮島か岩国へ、と走っていましたが

「どうせ行くなら、もう少し足をのばそう!」

と盛り上がり、防府天満宮へ。

Dsc00440 

さすがに、夜でも参拝客でごったがえしていました。

時計を見ると21:30。

「帰りは高速使わず、(国道)2号線で帰ろう!」

と2時間かけて、広島へ帰り、遅い夕食。メニューは某店のラーメン。

まさに、学生時代のノリでの珍道中でした。

その後は我が家に戻り、朝5時近くまで話しました。

友人が明け方帰ると、僕は3時間ほど睡眠。

で、翌朝8時に起床。

やや遅い朝食をすませて洗濯と掃除をしたあと、

すぐ近くにある実家に連絡。

母親と初詣で広島城内にある護国神社へ参拝。

Dsc00453

「こうやって、親子二人で初詣でお参りするのは初めてじゃないかね~。」

と母親。

初詣といえば、父の生前は当然家族ででしたし、

結婚してからは、嫁さんと、あるいは子どもたちとの初詣ですから…。

こういうシチュエーションは珍しいかも。

お参りの後、親子水入らずで市内中心部に焼肉を食べに行きました。

ゆるゆると過ごした2日間でした。

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2008年1月 1日 (火)

新年は雪景色から

みなさん、あけましておめでとうございます。今年もこのつぶやきをごひいきに。

よろしくです~。

広島は、朝から雪景色でした。

Dsc00407

このため、毎年元旦恒例の、無線イベント参加&早朝初日の出見物は中止することに。

おせち料理の朝食のあと、長男と二人して「新年初仕事(?)」。

時おり雪が降りしきる中、雪かきをしました。

Dsc00430 ←嫁さんの車を必死に雪かきする長男。

話かわって…

今、僕は一人で家で過ごしています。

というのも、嫁さんと子どもたちは、夕方、嫁さんの実家に帰省したからなのです。

僕は、4日に仕事があるため同行せず、4日の仕事が終ってから嫁さんと子どもたちを迎えに行く予定。

夕方以降、いつもと違ってゆるゆるペースで過ごしています。

たまには、こうやって気ままに過ごせることも悪くはない、ですが…。

家に一人で過ごすのは、やはりさびしいものです。

結局、嫁さんと子どもたちを送った後、家に帰ってしたことは…。

家の掃除、(一人分の)晩御飯、予約洗濯のセット…って、やってることは普段とかわらんじゃん!

まあ、自分のペースでゆったりこなす分、気分はちょこっと違いますが。

あとは、年賀状を見て住所録データのチェックをしたくらい。

とはいえ、明日はまるまる一日、気ままに過ごそうかな~。

早朝出来上がる予定の、洗濯物を干してから、ですけどね…。

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2007年12月31日 (月)

2007ちょこっと総括

今年の我が家の出来事を、少しだけ振り返ってみます。

その1:子どもたちの中で一番やんちゃな次男(4才)。普段から擦り傷の絶えない我が次男、今年最悪のケガは春先のこと。公園の高い岩場から足を踏み外して地面に落下し、額から流血。幸い、血が出たほどにはひどいケガではありませんでしたが…ケガした当時3才の次男のコメント「あたまがわれたんよ~。たまごがわれたみたいに…。」と、後日けろっと一言。

その2:次男が額を大けがした頃、娘(当時5才)は自転車の補助輪(いわゆる「コロ」)が外れました。今は真っ赤なルイガノBMX風自転車を颯爽と乗りまくっています。

その3:自転車といえば、同じく春先(3月)、当時まだ小2の長男と江田島にサイクリングし、彼は自己最高走行距離の40キロ走破を達成。

その4:走行距離といえば、この夏、8年、13万キロ走ったホンダ・インテグラクーペが原因不明の電気系統の故障でストップ。これがきっかけとなり、車の買い替えに。7人乗りのホンダ・ストリームになりました。僕にしてみれば、人生初のファミリーカー購入となりました。

その5:結婚10周年。10年間いや、つきあいはじめてから16年間、嫁さんへの思いは不変です(ちょこっとのろけてますかね~)。とはいえ、まだ10年。最高のパートナーである我が嫁さん、これからもよろしく~!

その6:2年越しで「知的障害福祉士」の資格取得。仕事&子育ての中、勉強の時間も不十分な状況での合格だっただけに、うれしかったです。

…つぶやけば、きりがないほどにいろんなことがあったこの1年。さて、来年はどんな1年になるのやら。

そうそう、このブログは来春でスタートして3年となります。今年1年、毎回長文気味の(?)このつぶやきにおつきあい下さったみなさん、のぞいて(或いは書き込んで)いただいて、ありがとうございました。

来年もよろしくお願いします。みなさま、どうかよいお年を…。

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みんな、幸せに!

趣味の無線で知り合った仲間が6人、みんなもう20年以上のつきあいになります。

今は無線をみんなでしにいく、何てことは皆無ですが、毎年年末はそのメンバーに声をかけて、我が家で忘年会をしています。

で、今回の忘年会は先ほど終わり(今は31日AM12:55)、今日参加したメンバーは帰りました。

知り合った頃はみんな高校生でしたが、当然、みんな今や(僕を筆頭として?)30代後半。僕のように結婚して子持ちもいれば、メンバー内で結婚してる夫婦。あるいは、独身で夢に向かって走り続けている者、趣味を楽しみながら仕事を頑張っている者…みんな、日々様々に生活しています。

生活が様々なだけに、6人がそろって毎年この忘年会に参加、というわけにもいきません。

今回、参加したのは僕を含めて3人。けれども、不参加の3人にしても出欠確認のメールのやりとりを通じて、近況を聞くことができます。

メンバー内で結婚した2人・T君とMさんは今回不参加。出欠確認を通じて、Mさんが第2子をご懐妊、とのこと。おめでとう。来春が楽しみだね~。

もう1人の「不参加者」であるA君。仕事が超多忙の上、仕事をしながら大学院で勉強しており、そのレポートに追われてるとか。大変だろうけど、がんばれ~!

さて、今回忘年会に参加した3人。僕以外は独身者でしたが、その内の1人・B君は最近彼女ができたとか。聞くと、丁度僕の2つ年上の女性だとか(ちなみにS君は僕の2つ年下なので、彼女とは4つ違い、とのこと)。とても幸せそうに彼女のことを話してくれたS君、お幸せに。よかったね~。

もう1人の「参加者」・M君も独身。彼は、休暇を使い、頻繁に旅行をしています。今日は、東京に行った際に買ってきた「山手線目覚まし時計」を持参。各駅で流れる電車発着時のメロディーが流れるらしく、鳴らすと我が子らが大喜び。M君、持って来たかいがあったね~。

参加したのは3人でしたが、今年も盛り上がりました。

みんな、それぞれ、幸せになればいいね~!

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2007年12月10日 (月)

またもや偶然の再会

昨日はとある福祉施設の行事に仕事で参加していました。

すると、たまたま通りかかったとある女性と目が合うなりお互いに

「あっ!どうしたん。」とか「まさかこんなところで会うとはね~。」

とこれまたお互いに同じような会話。

数年ぶりに再会したその女性は、いわば「幼なじみ」とでもいうべき人。

彼女との出会いは32年前。小学校入学して教室に入る初日のこと。

自分の教室がまだわからず廊下をうろうろしていた僕。時同じくして、僕同様にうろうろしていた女の子がいました。

話しているうちに、彼女が同じクラスだということがわかり、一緒に教室をさがすことに。

教室を見つけて自分の席に座ると、何と彼女は隣の席。机に貼ってあったひらがな書きの名前で、彼女の名前を初めて知ったのでした。

小1~小4まで同じクラスでしたが、小3の頃、僕は彼女のことが好きになり、また、彼女も僕のことが好きだったみたいで、いわゆる「おつきあい」がはじまりました(とはいっても、小学校低学年の「おつきあい」、今思えば本当にかわいい「おつきあい」でした)。

その後、つきあっていることがクラスのみんなにばれてしまい、僕らは冷やかしの対象に。休憩時間、逃げるように二人で校舎の裏にかくれてしゃべったり、手紙のやりとりをしたりしていました。あと、授業中も、ちょくちょくお互いになんとなく目があったりしていました(今、思えばかわいいやりとりだな~)。

まあ、それがいわゆる「恋心」だったのかどうか、よくわからないのですが…。

その後、小5になりクラスが変わったこともあったためか(どうかわかりませんが)、「おつきあい」は自然消滅。

中学以降は、気の置けない友達のような関係となりました。

中1だったか、夏休みに理科の先生に許可を取って自由研究を二人でしたり(いつの間にか、お湯を沸かして紅茶を作って飲んだりとかしたような…)、放課後ばったり会って、校庭を眺めながらお互いのクラスの出来事の話をしたりしていました。

中2になり、二人とも(お互いにやろうと話し合ったわけでもないのに)生徒会役員をしたりして、生徒会活動を通じての関わりも加わりました。

中3の文化祭では、生徒会有志でバンド演奏をしよう、と彼女と盛り上がり、ステージ発表をしました。その後僕ら2人に男女1人づつ加わり、その4人で放課後受験勉強もしたりしました(♪ああ、それも青春~ってヤツですね~)。

高校は、僕は男子校に進学したのでさすがに同じ学校となるはずはありません。

もう会うこともないだろうな~、とか思っていたのですが、不思議なもので、例えば広島都心の本屋に行って参考書をさがしていると、そこでバッタリ彼女とはちあわせ、なんてのは1度や2度ではありませんでした。

そのたびに「あっ!どうしたん。」「まさかこんなところで会うとはね~」

とかいつも言っていたような気がします。

で、そうやって偶然会うたびに、お互いの学校の最近のトピックや受験勉強のこと等近況を、自転車を押しながらそれぞれの家路に向かう分かれ道まで話していたものです。

♪ああ、それも青春~。

その後僕は1年浪人し、広島市内の大学へ。彼女はストレートで広島市内の某女子大へ進学。

その後も、しばらく会うこともない状態が続くかと思えば予期せぬ場所で偶然会って、いろんな話をしたり、また、僕が高校時代から出入りしていたとある社会教育施設で、彼女の所属するサークルも活動拠点にしていたため、お互いの活動日が重なった時など、ちょこっと会って、例えばお互いの大学のことや就職活動の話をしたり…この頃になると、会う約束なんてしなくても、どこかで偶然会うんじゃないか、とお互いに思うようになっていました。

恋人同士という関係でもないし、また、普段しょっちゅう会って話すような友達でもない。けれども、偶然に会うことはなぜか多く、会うといろんな話がはずむ…いつの間にかお互いに「ここまでくると、くされ縁だねぇ…」と思うようになりました。

ところが大学を卒業して数年後には、そういった「偶然の遭遇」も皆無となりました。社会人になって間がない数年こそ、たまたまお互いに引っ越した場所が同じ区内だったりしたこともあってか、偶然会うこともありましたし、例えば、プライベートでやっている活動のイベントのお誘いとかで手紙のやりとりはあったものの、それもなくなりました。

さらに、僕も彼女もそれぞれ結婚して日常が忙しくなったこともあり(例えば広島市内中心部に出かける、なんて状況等、独身の頃に比べて回数が減るわけですから、そもそも偶然会う、というシチュエーションも減るわけです…)ここ数年は辛うじて年賀状のやりとりをする程度になっていました。

それでも、どこかでまた偶然ばったりと会うんじゃないか、とは思っていたのですが…それが昨日、こんな形で起ころうとは、夢にも思っていませんでした。

「さすがにここ最近は、もう何年も会ってなかったけど、ひょっとしたら、またどこかでばったり会うことがあるんじゃないか、って思ってたんだ。」

と、僕が言うと、彼女も同じことも思っていたようでした。

ちなみに、昨日の僕の仕事は、本来出勤するはずの同僚が休みとなったため、いわばピンチヒッターとしての出勤でした。しかも、主に、施設の建物外での仕事でした。

一方、彼女は昨日の行事にボランティアとして参加。ボランティア内容自体は施設の建物内で行うものだったようですが、付随した動きでイベント各コーナーを回るようになっていたらしく、建物の外に出ることになったようです。

もし、僕が昨日ピンチヒッターじゃなかったら。あるいは、彼女がボランティアで施設に来ていなかったら(もしくは来ていても建物から外にでていなかったら…)、きっと会うこともなかったでしょう。

さすがにじっくり話す時間はありませんでしたが、それでも

「やっぱりこの人とはくされ縁なんだよな~」

と思った、昨日の出来事でした…。

♪「旧友再会フォーエバーヤング」吉田拓郎

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2007年12月 8日 (土)

始発電車

昨日の夜は、なじみの自転車ショップ(店長さん主催?)の忘年会がありました。

本当なら仕事を早めに切り上げて、車を一旦自宅に置いて電車で会場のジンギスカン料理店に行くつもりでしたが

仕事がどうしても切り上げられず、やむなく仕事帰りに直接会場へ。

で、しこたま飲み食いしたため

当然車はそのまま置いて帰りました。

今朝、始発の電車に乗って、車を取りに行きましたが

当然電車はガラガラ。

電車を降りると、いつもは賑わうターミナルもまだ暗闇の中。

思わずシャッターを切りました。

Dsc00194 ←広電横川駅。まだ始発電車は走っていない様子でしたが、ホーム近辺はスタンバイオーケーといわんばかりに周囲の暗闇の中、場違いなほどにライトアップされてました。AM5:45頃撮影。ちょいとぼやけてますがご容赦を…。

何だか新鮮だったな~。

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2007年11月 8日 (木)

なつかしの浪人ライフ回想

Dsc00035_2 広島都心部にあるこの高層ビル、20年前にしょっちゅうお世話になってたものです。

このビルは広島県庁(東館)。県庁各部署のほか、広島県警本部も「入居」しています。

で、お世話になったのは県警…ではなく、このビルの8階にある「食堂」。

今回はこの「食堂」のつぶやきです。思い出話満載は必至ですので、長文ご容赦下され。

昨日、外回りで通りかかったのがお昼どき。そろそろどこかでお昼を…と思っていた時だったので、

「おお、なつかしい!よし、久しぶりに行ってみるか」

と早速8階へ。

実は20年前、僕はこのすぐ近くにある某予備校に通う浪人生でした。で、ここの食堂は頻繁に利用していました。

1階エントランスも、入ってすぐにあるエレベーターのドアのデザインも、行先階ボタンを押した時の「♪ポン」とかエレベーターが着いた時の「♪ピンポ~ン」も当時と変わらず。

そうそう、理由なくさえない気持ちでスーツ姿の県庁の職員に混じって、僕ら私服姿の場違いな若者達が黙ってエレベーターを待っていたっけな…と、ちょこっと20年前の気持ちがよみがえってきました。

8階に上がると、食堂の入口のショーケースや自販機コーナー、食券販売機コーナーなど、ここもほぼ当時のままの配置でなつかしいこと!また、食堂の中のテーブル、椅子、テレビの配置なども変わっていませんでした。

ちなみに当時は、安くてボリュームがあり、腹持ちが良かったのでカレーをここでよく食べていました。当時の値段は覚えていませんが、今でも360円とリーズナブル。

メニューは豊富で、当時あこがれていたのはとんかつ定食。今はひれかつ定食となっていて530円。今でも十分安いのですが、当時はめったに食べられませんでした。

さすがに、「社会人16年生」かつ妻と3人の子持ちである(?)今の方が、19才浪人生の時よりも幾分か財布にはお金があるので(?)当時のあこがれメニューを530円で食べようか…とも思ったのですが、ここはやはり「とことんなつかしくいこう!」とカレーをチョイス(でも、かなり空腹だったので、450円のカツカレーにしましたが…)。

食券を買ってカウンターに置く、というシステム(←オーバーな…)も変わらず。

ふとテレビを見ると、ちょうどNHK連ドラ「ちりとてちん」をやっていました。

…そうそう、20年前(のこの時期)は同じくNHK連ドラの「はっさい先生」をここで見ながらカレーを食べていたっけな~。そのドラマのヒロインだった若村麻由美さんがとてもかわいかったです(今でも素敵な女優さんですが…)。

ちなみに「はっさい先生」は若村さんだけでなくストーリーもなかなか良くって(?)はまってしまい、当時我が家で初めて買ったビデオデッキでちょくちょく録画しては、見ていたものです(勉強はどうした?)。

先日、スカパーで全話放送されていたので全部録ってDVDに焼いちゃいました(←これは余談ですが…)。

「カツカレーどうぞ~。」と年輩の調理員さんのやさしい声でカウンターへ取りに…そうそう、当時はここに「名物」と僕らが密かに思っていた調理員のおじさんがいたっけな~。

威勢の良いかけ声で調理し、カレーやうどんなど同じメニューが立て続けにできあがると

「はい、うどんジャンジャ~ン!カレージャンジャ~ン!!」

とか忙しく連呼。

で、浪人生が、カウンターに取りに行くのがちょっとでも遅くなったものならすかさず

「あんた、取りに来るのがおそいの~。そんなことじゃけぇ大学すべったんでぇ~」

とか

「早う取りに来んと、来年も落ちるで~」

などと、笑顔で浪人生達に悪態をつきまくるおじさんでした。

当時、同じ予備校に通っていた高校時代の友人・F君とこの食堂に通っていたのですが、このおじさんの悪態を聞くたびにF君は

「あのおやじ、腹立つの~。今に見とれよ。大学受かったら高級官僚になってあいつをクビにしてやるんじゃけ~。」

とか良く言ってました(ちなみにF君はその後志望校に合格。卒業後、高級官僚…ではなく、地元では名の知れた某飲食業チェーンに就職したのでした)。

さすがに、窓から見える景色は高層ビルが乱立していて、20年前とは変わっていましたが、それ以外はほぼあの頃のまま。

僕の中では、カレーを食べつつも20年前のいろんな思い出がよみがえってきました。

20年前のこの頃、僕は朝から夕方まで予備校通い、夕方から夜はスーパーでのアルバイト(学費稼ぎのため)に加えて、その年の夏の終わりに知り合った、一つ年下(高3)の彼女とデート…という生活に明け暮れていました。

ですが「バイトに行ったり彼女がいたから大学にすべったんじゃ、とか人から絶対に言われたくない。絶対に志望校に合格ってやる!」みたいな確固たる思い(?)があって、いわゆる「現役」の時よりは集中して勉強していた気がします。とはいえ、本当に合格るのかわからない、ゴールは少なくとも4~5ヵ月後にならないと見えないんだ…という状況の中で日々過ごしていたことも事実ですが…。

そして、20年後の今。当時の「ゴール」だった志望校を卒業して15年以上経ち、年齢もいつのまにか40代目前に来ています。僕は県庁の職員ではないけれど、いつの間にかスーツ姿で(その気になれば?)530円のヒレカツ定食が食べられる側に自分の立場が変わったんだな~…と、20年前とかわらない味(だと思う)のカレーを食べながら、しみじみと思った、昨日のお昼どきだったのでした…。

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2007年10月26日 (金)

MC本番!

明日は、勤務している福祉施設で年に一度の最大イベントである、おまつりがあります。

施設のおまつり、とはいっても、近隣の町内会の方々と企画を練るもので、毎年かなりのお客さんの動員数がある、規模の大きなイベントです。

会場の一つであるグランドには野外ステージを設置、朝から夕方まで施設内外を問わず、様々な団体による、演奏・発表が繰り広げられます。

僕はこの屋外ステージのMCを担当。今年で3年連続の担当なのです。

ここ数ヶ月、施設外団体との出演交渉(依頼)に始まり、発表計画書の配布と回収、それ

に応じたレンタルPA機器の発注、各出演団体の小道具や音源、詳細な流れの把握、ス

テージボランティアの確保…そうそう、今回はおまつりPRのため、施設のある地元(コミュ

ニティ)FM局の昼の生番組にも出ました。そして、これらを元に明日の自分が喋るMC台

本(ステージ進行表)の作成。

今日はPA機器設置立会いや、一部出演団体のリハーサルチェックもありました。

もちろん、本来の仕事である、福祉現場での日常業務もあるわけで、その合間をぬって

これらの準備業務も進めなければいけません。

一施設のおまつりのステージとはいえ、逆になんでもありなので、MCがいかに柔軟に進

行できるかにかかっています。

例えば、開会式は、準備に携わった地域の関係者や毎年数名はいらっしゃる、地元選出

の議員さんによる来賓の方々を交えて、厳かな式典(当然、失礼のない進行必須!)です

し、各団体の出演コーナーでは、時には「会場のみんな~、声援よろしく~っ!!」と絶叫

しながら観客のボルテージを高めるくらいの勢いでやってのけることが必要なステージも

あります(とはいえ、あくまでも脇役に徹しながら、と心がけつつではありますが…)。

もっとも、昔から(中学生頃から?)大勢の前でしゃべったり、絶叫する(?)のは苦じゃな

いたちなので、今でも血が騒ぐようでけっこう快感だったりするのです。

明日は何とか天気もよさそう。きっと、大勢のお客さんが施設にやって来られることでしょ

う。

とにかく、施設に遊びに来てくださったお客さんが楽しめるようなステージになればいいな

あ…。

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2007年10月13日 (土)

地元最終戦

Dsc09812 ここ最近多忙でなかなかつぶやけない(?)状況ですが、最近のエピソードから一つ(といっても、先週末のネタですが…)。

カープ、地元での最終戦を家族で観に行きました。言わずと知れた、佐々岡投手の引退試合となりました。

試合展開は、序盤から打線爆発。佐々岡投手は9回2アウトで登場。横浜・村田にホームランを打たれたのですが(観客からは「何で打つんじゃ~!」と大ブーイングでしたが、彼はホームラン王をヤクルト・ラミレスと競っていたので仕方ないでしょう。真剣勝負の結果なのでしょうから、これはこれでよしとした方がいいような…)。

試合は10-1でカープの圧勝。試合終了後、佐々岡投手の引退セレモニーがありました。いやはや、先日、ヤクルト戦での古田選手兼任監督の(広島での)セレモニーも観戦したのですが、ジーンときてしまいました。

おそらく、いずれも自分と年代が近いから、というのがジーンとくる原因なのかも知れません(このあたりのつぶやきは、またあらためて…)。

ところで、この日の観客は超満員でした。今シーズン、カープは「定位置」のBクラス(5位)でしたが、観客動員数は大幅増加したそうです。

黒田残留、前田の2000本安打、佐々岡引退試合…と節目節目での「動員力」はあったものの、やはりここ最近の球団のファンサービスがかなり良くなったことや、なかなか面白い試合が多かったことなどが大きいんだと思います(でも結果、敗戦となりがっかり、ということも多かったですが…)。実際、我が家も近年にない程、結構観にいきました。

いよいよ来シーズンは現球場での最後の1年。今年以上に盛り上がるでしょうね~。

でも、カープももう少し強くなきゃね。頼みますよ、マーティさん。

Dsc09804

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2007年9月27日 (木)

ネオンと月と球場と

昨日は仕事帰りに長男と待ち合わせて、野球観戦。

「最下位争い」のカープVSヤクルト戦でした。

消化試合とあって、さすがに観客席もガラガラ。

レフト側、バックスクリーン横の上段あたりでのんびりと観戦。

飲み物、フライドポテト、カープうどんを細長い観客席に置いても、まわりに誰もいないので問題なし。

試合は…カープの逆転負け。途中、「代打・オレ」こと引退発表があった、ヤクルト・古田選手の登場に、カープ・ヤクルト両ファンから大きな歓声と、スタンドをあげてのトランペット応援が、この試合1番の盛り上がりだったような…?

それでも、念願だった「我が子と仕事帰りに待ち合わせてお出かけ」というヤツを初めて実現。

家路に着くまで、長男と野球談義で盛り上がるなど、楽しいお出かけとなりました。

さて、試合中、こんなものをカメラにおさめてみました。

Dsc09580 ←超高層ビル右上にうかんでいる月。

いよいよ来月から、新球場建設予定地で、球場本体の工事が着工予定。

こんな風景をながめることができるのも、あと1年です。

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2007年9月17日 (月)

広島の地下鉄?

Dsc09421 広島市郊外北西部と都心部を結ぶ新交通システム「アストラムライン」の、都心駅の一つである「県庁前駅」を先日利用した時、地下コンコースにてこのような工事がされていました。

駅構内に売店ができるらしいのです。

そういえばいつだったか、この売店設置に関する新聞記事が地元紙に載っていた覚えがあります。

「地下鉄駅構内に売店などを設置するのは手続きが大変であるが…」

みたいなことを書かれていたと思います。

ここで、「あれっ?」と疑問に思う、特に広島の人がいるかも知れません。

「アストラムって、地下鉄なの?」

実は、地下鉄なんです。

それは、単に地下に電車を通しているから勝手に地下鉄と呼んでいるのではなく、一応、地下鉄事業路線として認められているのです(一応、ですが…)。

アストラムラインの地下区間の一部は「地下鉄整備基金(だったかな?)」という、国からの補助を受けて作られた経緯があります。

また、アストラムラインを運行する広島高速交通は日本地下鉄協会に加盟しているらしいのです(地下鉄事業者として、同会のHPにも掲載されています。但し「その他の地下鉄」という項目ですが…)。

但し、広島の人間にとっては地下鉄といえば、やはり関東圏や阪神圏、名古屋、札幌、福岡、仙台等にあるような、路線も規模も大きいあれこそが地下鉄、というイメージがあり

「アストラムは地下(区間)がちいとしかないけえ、地下鉄じゃないわいや~。」

というのが正直なところ。

今から8年前、長野市に出張に行った時、長野電鉄長野線に乗りましたが驚いたことに長野駅からしばらくは地下区間でした(多分、アストラムとほぼ同じくらいの距離だったと思います)。

しかし、長野電鉄地下区間は、先述の根拠では地下鉄として認められていません(こういうのを「地下式鉄道」とか言うそうです)。

けれども、長野の人は「地下鉄」と呼んでいるそうです(これは、つい最近、長野の人から聞きました)。

駅構内の広さはとても広かったですし、車両も東京の旧営団地下鉄のものを使っていて本格的でした。

いわゆる「地下鉄」として国から正式に認知されなくても、利用する市民がちゃんと地下鉄として認知して利用している…何だか納得しちゃいました。

アストラムよりもはるかに地下鉄の風格があったなあ、長野電鉄。

カルチャーショックを受けつつ、広島もどうせ作るならここまで本格的なの作ろうよ…とため息をついた8年前の出来事でした。

今は、アストラムが地下鉄かどうか、何てことより、こっちの方が気になります。

Dsc09415 ←広島市民球場側から県庁前駅に向けての案内表示。

よ~く見ると「県庁駅前」に…これ、早く直さないかな~。

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2007年9月 5日 (水)

広島に帰ろう

移動日を含めて8日間の東京研修がようやく終わり、明日(正確には日付が変わったので今日)広島に帰ります。

東京滞在後半のエピソードをいくつか。

2日(日)は、広島から3日間遊びにやってきたM君と研修後に新宿で待ち合わせて、神宮外苑の「森のビアガーデン」で乾杯。都心の公園の中でのバーベキュービアガーデンはなかなか良かったです。

Dsc09268_2 ←新宿駅構内で面白い車両を発見。これ、線路の上に停まっています。

タイヤと車輪がついていて、線路上も道路も走れるトラック。

3日(月)で某女子大でのハードな研修が終了。通勤、遠かったな~。研修はまだ1日残っていたのですが、余力があったため(?)1時間半ほどのナイトライドへ。

Dsc09270 ←ライド出発時。バックは東京ドーム。この日は丁度都市対抗野球の準決勝戦をやっていたらしい。

今日(4日)は日中、三鷹で研修。三鷹駅から乗った某私鉄バスはSuica対応。ストレスフリーで利用。夜ホテルに戻り、またまたちょこっとナイトラン。但し、雨が降ったのであまり走れませんでしたが。

明日は、昼の新幹線で帰広予定。天気が良かったら朝ちょこっと東京での「ラストラン」しようかな…。

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2007年8月29日 (水)

先週末のできごとあれこれ<その2>

再度エンジンがかからなくなった僕の車。

そして、再度他の車のバッテリーとケーブルでつなぎ、エンジンをかけてこれまた再度、さっきのディーラーへ。

ところが、悲劇はディーラーへ向かう途中、起きたのでした。

しばらく走っていると「カチッ」「カチッ」といやな音が…。

その音がするたびに、インパネの各種警告灯の中の、エンジンマークが点灯。

これは、急がねば何かヤバイことに…胸騒ぎを感じつつ直感的にそう思い、なるだけエンジンを回しつつ(つまり充電を心がけつつ)走行。当然、エアコンを切り、窓は全開。暑さと胸騒ぎで汗だくでハンドルを握る僕。

やがて、離合が難しい道路にさしかかりました。ここにさしかかった時、例の「カチッ」の間隔が小刻みになっていきました。

「車が止まったら、エンジンもとまるぞ、きっと」僕はこれまた直感的にそう思いました。そして

「この数百メートルを抜ければ、広い道路。何かトラブルがあっても緊急停車できる…とにかく、なるべくスピードを落とさず、一気にこの道を抜けよう」…心に決めて、汗だくでハンドルをしっかりと握り直したその時…

自分の前を走っている車が「超」がつくほど遅いこと!徐行に近いスピード。しかも、対向車がいなくてもやたらと無意味にブレーキを踏む始末…

「前の車、止まるなよ…」と思いつつ、回転数をなるべく落とさぬよう走ったのですが、ついに悲劇が…

丁度狭い道路が広くなる十数メートル手前で、前の車が対向車もいないのにいきなり停車!僕の車も停車を余儀なくされ、タコメーターを見ると回転数はゼロに。

残る惰力でなるべく車を端に寄せたものの、車はすぐに止まり、二度とエンジンがかからなくなってしまいました(ちなみに、前の車はそんなうしろの状況などつゆしらず、またのろのろと走り出して行ってしまったのでした…)。

すぐにハザードを出して車から出て、まずは嫁さんの実家に連絡。

早速、僕の車を先頭に、ちょっとした渋滞が起こりはじめました。

田舎の道路とはいえ、実は市内中心部へのショートカットロードでもあるため、意外と交通量があるのです。ただでさえ離合が難しいのに、そこへ1台の車が停まっているのは、ひんしゅくこのうえない光景。それでもクラクションを鳴らされることも、罵声をあびることもありませんでした。

迷惑をかけているのに、自分ではどうすることもできず、申し訳ない、という表情で渋滞をながめるしかなかった、あの十数分間は何時間分かと錯覚するほど長く、また暑い時間でした。

十数分後、嫁さんと嫁さんの兄の「救援車」が到着。ここでようやく少し気が楽になり、このあと、嫁さんの兄に車を押してもらい、広い通りまで十数メートル移動。

ようやくここで、ひとまずですがほっと一息つける状態に。

この間、嫁さんがJAFに連絡。僕はさっき行ったディーラー、それに車を買った広島のディーラーに連絡し、今後の対応を検討。

車を広い通りに移動してから20分後、JAFが到着。

「おそらく、バッテリー交換で大丈夫でしょう。あれでしたら、新品のバッテリーがありますんで、交換しましょうか?」とJAFにすすめられたのですが

「いや、念のためディーラーに運んでください。もう1回しっかり見てもらいますんで。」とJAFの「提案」を断り、ディーラーに運んでもらいました。

既に日が暮れていました。ディーラーの閉店時間はオーバーしていましたが、事前に連絡していたことや、一旦は「大丈夫」と言っていたのに大丈夫じゃなかったことで申し訳ないと思ったのか、ディーラーは僕の車が運ばれてくるのを待っていたようです。

とはいえ、僕は翌日はどうやってでも広島に帰らなければならなかったので、ひとまず、翌日じっくり点検してもらい、その結果(すぐ直るのか?金額はどうか?など)を昼までに連絡するよう、ディーラーに依頼して引き上げたのでした。

この日は、嫁さんの両親や嫁さんの兄家族達との、バイキングレストランでの夕食。僕らは30分おくれでレストランに到着。

席に着くなりどっと疲れが出たらしく、食べ物を取りに行く気力もなく、しばしぼーっとしていました。

翌日、例のディーラーから電話が。

「ディストリビューターの不調でした。ひょっとしたら、広島に帰る途中で充電がうまくできずにまたエンジンが死ぬ可能性があります」

JAFの「提案」断っといてよかった~、と思いました。

ともかく、車で広島に帰れないことがここで確定。

車はいわゆる「陸送」で熊本から広島に運ぶことになりました。

そして僕は電車で広島に帰ることに。

その後、広島のディーラーから連絡があり、車両保険で「陸送代」と「電車代」が全て出ることになり、ひとまず一件落着。

僕は昼過ぎ熊本を出発。電車で広島へ帰途に着きました。

こうして、ようやく長~い2日間が終ったのでした。

Dsc09188 ←おまけの画像その1。僕が帰りに乗った「特急リレーつばめ」

Dsc09195 ←おまけの画像その2。在来線(鹿児島本線)と平行して、九州新幹線の工事区間(博多~八代間)の大半を車窓から見ることができました。全線開通は3年後だとか。

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先週末のできごとあれこれ<その1>

先週は金曜日から月曜日まで、嫁さんの実家がある熊本へ、家族5人で帰省。

広島生まれの広島育ちの僕。結婚して年に2回くらいは帰省するようになりました。

嫁さんの実家からちょこっと車で走ると、大きなショッピングセンターや昔ながらのにぎやかな商店街、温泉やテーマパークなどあり、そこそこに便利がよいのですが、嫁さんの実家近辺は田園風景が広がるのどかな環境。

しかも、実家も「田舎の家」の風情満載(?)で、縁側~庭~畑…と、喧騒とは無縁の雰囲気。朝起きて、縁側に立って、鳥や虫の声に耳をすましつつ、ぼ~っと過ごすのが、僕の帰省の時の楽しみになっています。

結婚間もない頃は、さすがに緊張していた「お婿さん」の僕でしたが、嫁さんの実家への帰省は、今や日常の忙しさを忘れられる貴重な数日間なのです。

ところが、今回の帰省はの~んびりとはいかない数日間でした。

楽しいこともありましたが、冷や汗かいたことも…。

そんな中から「楽しかったこと」と「冷や汗かいたこと」を一つづつつぶやきます。

楽しかったことは、嫁さんの兄夫婦の誘いで福岡ドームで野球観戦に行ったこと。

福岡ソフトバンクホークス×千葉ロッテマリーンズ戦…広島じゃあ絶対に観られないこのカード。

福岡ドームは実は3回目。初めて行ったのは、嫁さんと結婚した時。

嫁さんの両親が、嫁さん側の親族に「お婿さん」のお披露目を肩肘張らない場所で、との計らいで、「スーパーシート」とかいう、バックネット上部にあるバルコニー付きのホテルの個室みたいな部屋を借り切っての観戦。

野球観戦といえば、屋外&ひしめき合うシートで汗かきながら…という経験しか知らない僕にとって、福岡ドームの「スーパーシート」は驚いたものです。

今回は、外野指定席。でもやはり市民球場とちがうんですね~。

座席は広いしきれいだし…きれい、というのは市民球場と比べてまだ新しいから、というだけではなく、徹底していて、例えば床にジュースをこぼした時、係員に声をかけるとモップで床を拭いてくれるのです。

さて、試合ですが4-1でソフトバンクホークスの勝利。

ホークスが勝つと、ドーム内で花火があがり、そのあとドームがゆっくりと開いていく、というセレモニーがあり、ホークスファンは狂喜乱舞。

それが、この画像。

Dsc09154 Dsc09158 Dsc09160

←天井付近を撮影。

Dsc09152 Dsc09159_2

←スコアボード上部はこんな感じ。

ちなみに、開閉式の福岡ドームですが、周辺に病院やさまざまな施設があるため、騒音などの環境(防音)対策として、開いて試合をすることはないそうです(開設当初は試合中開けっぱなしということもあったらしいのですが)。

今や、ホークスが勝たないと上記の様なシーンは拝めないそうです。

それから、カープでおなじみ(というか、ルーツはカープなんですが)「ジェット風船とばし」は定番のラッキーセブン(7回ウラ)と、勝った時の試合終了直後の計2回あり、ラッキーセブンは黄色い風船を、試合終了直後は白い風船を飛ばします。

風船は4個セット+ホークスシールのおまけがついて、200円、安い!

Dsc09147 ←ラッキーセブン。

Dsc09153 ←試合終了後、ドームの屋根に向かう白い風船。

なかなか楽しい野球観戦でした。

翌日は、午前中、子どもたちを連れて、近くのテーマパークのプールへ。

昼からは、嫁さんのいとこが結婚されたとかで「お婿さん」のお披露目、ということで実家近くにある、民家を改造した自然食材主体の食堂で会食。

この時、お店まで車2~3台で移動するようになっていて、僕の車も出すようにしていました。

ところが、エンジンがかからない!どうやらバッテリー上がりのようでした。

車の確保は何とかなったので、会食は予定通りで、楽しい時間を過ごせました。

僕の車のその後はどうなったかというと…?

とりあえず、別の車のバッテリーとケーブルでつなぎエンジンをかけて、近くのディーラーへ。

ところが、点検の結果「バッテリー異常なし、まだ十分使える」とのこと。

翌日、嫁さんや子どもたちより一足早く、車で広島に帰るようにしていたので高速走行は大丈夫か、とディーラーに尋ねたところ

「おそらく、大丈夫でしょう。念のため、広島に帰られたら最寄のディーラーで再度点検されることをおすすましますよ。」とのこと。

ひとまず、ほっと胸をなでおろして嫁さんの実家に戻り、エンジンを切りました。

それから2~3分経って、念のため、と思いキーをひねったところ…

「ひえ~っ!エンジンがかからん!!」

これが、その日の夕方から夜にかけての僕の冷や汗かき&ぐったり事件(?)の始まりになろうとは、その時点では思いもしなかったのでした…(その2につづく)。

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2007年7月 8日 (日)

ライブエイド~青春のひとコマ~

「地球温暖化防止」をテーマとした地球規模のコンサート「ライブアース」が始まりましたね。

さっき、ちょこっとCS(フジテレビ721)で生中継を見ました。

で、思い出すのが1985年の夏、「アフリカの貧困救済」をテーマとしたコンサート「ライブエイド」。

あのイベントもやはり「地球規模」で、世界各地で大勢のミュージシャンが歌ってました。

日本での放送も今回同様、(当時は地上波のフジテレビだった気がしますが…)オールナイトで生中継しましたよね~。

当時高校2年生だった僕は洋楽に全く興味がなく

かつ、おそらく時期的には「ライブエイド」よりも、マスコミ報道で「このコンサートで引退か?」の噂が流れていた、拓郎のつま恋オールナイトコンサートが直前だったので、むしろそっちの方が気になりつつ日々を送っていたんだと思います。

それでも、当時つきあっていた彼女が

「ライブエイド見るの。」

と言ったので、

「じゃあ僕も見ようかな。」

眠い目をこすりながら見ました。

男子って、そんなもんです。

空間的には離れていても、好きな人と同じ時間、同じことする

それがうれしかったり…ですね。

う~ん、青春の思い出だな~。

ほろ苦さはなく、ほのかにあま~い思い出のひとコマ。

22年前の夏のことでした…。

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2007年7月 4日 (水)

PASPY、いいんじゃない

広島のJRを除く公共交通機関(広電、県内バス会社、航路、新交通アストラムライン)に近く導入される共通ICカードの名称が決まったようです。

その名も…PASPY(パスピー)

JRのICカードだと東日本がSuica(スイカ)、西日本がICOCA(イコカ)、東海がTOICA(トイカ)、北海道がKitaca(キタカ)。

私鉄関係のICカードだと関東地区がPASMO(パスモ)、関西・東海地区がPiTaPa(ピタパ)、岡山地区がHareca(ハレカ)…etc.

どこもネーミングの由来が面白いです(ここではいちいちふれませんが…)。

ところで、ニュースでPASPYのデザインを見ました。発行元の交通事業各社ごとにカラーが違っていて、なかなおしゃれ。

でもやはり、おしゃれもいいけど、機能性を高めて欲しいなあ。

ICOCAとの相互利用、なるべく早くお願いしますね~、交通事業各社様。

そういえば、広島・岡山でのICOCA開始までもうすぐ。早く使ってみたいな~。

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2007年7月 3日 (火)

バースデーはイベントだ!

Dsc08581 今日は嫁さんのバースデー。

バラ数輪&カスミソウの花束にメッセージを添えて(メッセージの中身は…こっぱずかしいので当然非公開)プレゼント。

ケーキは「果物がたっぷり入っているのがいい。」との嫁さんのリクエストにこたえるべく、オーダー。但し…

単にそれだけじゃあ芸がない(?)と思ったので、ケーキの形をいつもおなじみの丸型ではなくハート型にして、その中にイチゴたっぷり…とオーダー。

おかげで「家族で5分割」が難しかったこと!でも「おいしかったよ!」の嫁さんのひとことで、とりあえず、よかったよかった…。

今日で嫁さんは36歳になりました。思えば、彼女のバースデーは21歳から祝って今日に至っています(もっと言えば、知り合った時点では嫁さんはまだ19歳だったし、つきあい始めた頃は嫁さんは20歳でした…)。

もう16回もお祝いしてるんだ…。まさに「人もとい、バースデーに年輪あり」(←意味不明)

バースデーは何回やってもまるで子どものように楽しいイベントです。

子どもたちと♪ハッピバ~スデ~ツ~ユ~などど仲良く唄いつつも、そのあと誰がケーキについたろうそくの火を消すだので、子どもたちがもめることだって、

みんなでおいしくケーキを食べるのだって…もちろん楽しい。

それ以前の

買物に出かけて「何にしよっかな~」と極めて小声で(40手前の男があからさまに大声で口にできないフレーズですな)つぶやきつつプレゼントを選んだり、

花束のメッセージを密かに車の中で書いたりするのも…これまた全て楽し♪

まあ、いつまでこんなウキウキな気分でバースデーのお祝いができるのか…少なくとも子どもたちが小さいうちは続けたいものです。

さあてと、次は9月、次男・4歳のバースデーじゃ!

あとまだ2ヶ月ちょっとあるのに、もうちょこっとウキウキ気分なのです…。

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2007年6月28日 (木)

70’s・紙屋町界隈回想

広島の都心・紙屋町(正式な住所でいうと基町)にある広島バスセンターで1960~1970年代に売られ、行列ができるほど親しまれていたという「カレー焼き」なるオヤツ?が、バスセンター開業50周年記念として7月2日までの期間限定で実演販売している、というニュースを見ました。

焼き上げた生地に具の入ったカレーを包み、片手で握れる大きさ。小腹がすいた時に丁度よさそうな食べ物。カレーの他、クリームなどもあるようです。

販売場所は、現バスセンターが3階に乗り入れているターミナルデパート・広島そごうの地下だそうです。

ちなみに、現在のような10階建のターミナルビルの3階に乗り入れるタイプのバスセンターになったのは1974年のこと。それ以前も同じ場所にバスセンターはありましたが、1階(平面)式で、鉄道でいうところの駅舎というべき2階建(だったと思う)のビルがバスセンターの敷地の南側に建っていました。そのビルの中に売店やちょっとした商店が数店舗、待合コーナーがありました。建物の中は古くて、薄暗い雰囲気だったことを覚えています。

カレー焼きはおそらくこの商店の一角で売られていたのでしょう。

旧バスセンターがあった1970年代前半に紙屋町に仕事勤めをしていて、紙屋町~自宅をバス通勤していた母にカレー焼きのことを尋ねたのですが、母は「知らんね~。」とのこと。

今でこそ紙屋町は、高層ビルが立ち並び、地下街が広がり、バス・市電・新交通の一大結節点となるなど、広島はもとより、中国地方きっての繁華街となっていますが、僕が幼い頃記憶している紙屋町は、当時の広島最大の繁華街だった八丁堀と比べてのどかでさびしいものでした。

デオデオ(当時は第一産業)本店のビルも当時は平屋建てだったと思いますし、隣接するみずほ銀行(当時は興銀)ビルも3階建てくらいだったと思います。バスセンター北側、現基町クレドあたりは旧電電公社関係の低層ビルがあった程度。

カレー焼きのことはよくわかりませんが、ニュースを見て、かつてのバスセンターや紙屋町の様子の記憶が断片的にですが、なつかしさとともによみがえってきたのでした。

それはそれとして…カレー焼き、食べてみようかな。

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2007年6月14日 (木)

あじさいその後

広島地方気象台が中国地方の梅雨入りを今日発表したそうです。

で、昨日つぶやいたあじさいを今日また画像におさめました。

Dsc08414

よかったね、あじさい!

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2007年6月13日 (水)

雨を待つあじさいたち

Dsc08388 ←昨日の朝、通勤途中で撮った画像。

バイパス沿いの高架橋に沿って群生していたあじさいたちです。

実際にはこの数メートル後方あたりが帯状に群生しまくっていてキレイでした(画像におさめられず残念!)。

おととい、昨日、今日の日中…と晴天&30度前後の蒸し暑さだった広島。

そろそろ雨が欲しいなあ、と天を仰ぎつつ咲いているのか…

と思いつつ、あじさいたちをながめながら通りましたが

今日は夕方あたりから雨が…。

明日あたり広島も梅雨入りかな~。

梅雨なんて好きじゃないけど(自転車に乗れないしね)、でもやはり今はこうつぶやきたい。

よかったね~あじさいたち!

明日の朝は雨の中でいきいき咲いているあじさいたちが見れるかな…。

以上、ソーダ水ならぬ「あじさいのつぶやき(しかも勝手に代弁)」でした…。

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2007年4月22日 (日)

「エースをねらえ!」ダブル視聴

珍しく、テレビのつぶやきです。しかも、ついさっきまで見ていたテレビのつぶやき。

我が家で契約しているスカパー!を見ていると、とあるチャンネルで実写版「エースをねらえ!」(何年か前、アイドルの上戸彩さんが主人公・岡ひろみをされていたテレ朝のドラマでしたね)の第1回をやってました。

で、他のチャンネルにかえると、別のとあるチャンネルではアニメ版「エースをねらえ!」(小さい頃にリアルタイムでやってました…)のこれまた第1回をオンエア。

全く同じ時間帯(正確にはドラマ版は1話1時間、アニメ版は1話30分なので2話分まとめて)での第1話オンエア。特別「エースをねらえ!」に興味はない(嫁さんは数年前にアニメや漫画にはまっていましたが…)僕ですが、せっかくなので実写版とアニメ版を見比べてみようと思い、1時間それぞれのチャンネルをたびたび切り替えて見比べてみました。

そっくりだったのは「お蝶婦人」の髪型と「宗方コーチ」の出で立ち。「お蝶婦人」にいたっては髪型の巻き具合(?)やリボンの色、「宗方コーチ」は襟を立てたコート(のような服)…ここまで忠実に…と感心してしまいました。あと、岡ひろみの親友「愛川マキ(←だったっけ?)」の髪型も、何となくそっくり。アニメは1970年代前半の放映、実写版は2000年代前半の放映、と実に30年の時の流れがあるにも関わらず、ここまで主要人物をそっくりに再現できるとは…。本当、感心することしきり。

おおまかなストーリーの流れは同じでしたが、細かいシチュエーションが違っていて、これも1時間見比べていて、面白かったです。例えば岡ひろみと愛川マキが放課後にとある店で買い食いをするシーンが何回か登場する点は同じですが、立ち寄る店がアニメ版では喫茶店やハンバーガーショップなのが、実写版では屋台風の肉まん屋(?)だったり…etc.

「おお、こりゃそっくりだ!」「この場面は違うな~」などど思いつつ、1時間、楽しんじゃいました。スカパー契約されている方、一度お試しあれ!(僕はもうしませんが…)。

それにしても…今日はマニアックなつぶやきでしたね~。

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2007年4月15日 (日)

やっと届いたファンの証

Dsc08122 昨日、待望の「カープファン倶楽部2007」の特典商品が届きました。

2月に入会金を払い込んでいたのですが、予想を大幅に上回る入会状況らしく、発送がかなり遅れているとはマスコミ報道なんかで知っていたのでのんびり待っていたのですが、届くと「お~やっときたか~!」とあらためて感激。

商品の中身は「オリジナルメッシュジャージ」と「ファンの証カード(会員証)」。中身を見てさらに感激。

思えば(前述の)「カープこども友の会」以来、カープのファンクラブに入りたくても入れませんでした。と、いうのも(カープファンならご存知でしょうが)これまで、子供向けや女性向けのファンクラブはあったものの、いわゆる「大人の男」が入会できるファンクラブ自体、カープにはなかったからなんです。

ですから、このようなファンクラブができると聞いた時から入会を楽しみにしていたのです。

「おとうさんもきたぞ~!ほらファンクラブじゃ~!!」一足先に「ジュニアファンクラブ」に入会した長男に、まるでこどものようにはしゃいで話した、昨日の僕だったのでした…。

Dsc08118 ←おまけの画像。左が長男が持っている現在のカープの帽子で、右が約30年前に僕がかぶっていた当時のカープの帽子です(かなりくたびれ気味だなあ…)。

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2007年4月 9日 (月)

ICカード

今日、免許更新に行ってきました。

(一応)ゴールド免許なので(一応)優良講習を受けました。

その講習の時、講師の先生がこう言いました。

「みなさんがこのあと受け取る免許証は、最後の免許証になります。」

へっ?最後の免許証って…。

よく聴くと、今のタイプの免許証は少なくとも2年以内にICカードタイプのものに切り替わるそうで、次の更新時にはICカードタイプに切り替わっている、とのこと。理由は偽造を防ぐためだとか。

そうか、いつぞやニュースで言ってたなあ。確か一部の県ではもう免許証はICカード化していたっけ…。

そうそう、ICカードといえば、もうすぐ(今夏)広島のJR在来線もICカード(ICOCA)が使えるようになりますね~。

その前段階(準備段階)として、この14日をてはじめに広島近隣のJR在来線も自動改札化されますね~。

昨夏の出張時に東京で作ったSuica(JR東日本のICカードでJR西日本でも利用可)を早く使ってみたいな~。

とこんなことまで考えてしまいました…。

Dsc05579_2

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2007年3月25日 (日)

春だねえ…

今日は仕事みたいなもの(?)があり広島都心へ。

天気は快晴、暖かくてきもちいい日和でした。

本来なら文句なしにシラスで自宅からポタがてら移動…となるところですが、あいにく朝から車の12ヶ月点検のためディーラーに出すようにしていたため、最寄の駅から都心へ電車で移動となったのでした。でもあまりにも景色が良くて歩きたくなったので、かなり手前の電停で下車。春の景色を楽しみつつ散策がてら、都心へと向かいました。

時おりふんわりした暖かい風にふかれつつ、春本番間近の街の風景にシャッターを切りました。

Dsc07996 ←平和公園河畔のオープンカフェでのコンサート。僕が通りかかった時は年輩の方々によるバンド演奏中でした。

Dsc08016 ←平和大通りの緑も濃くなってきた…かな?

なぜか歩きながら聞いていたオーディオプレイヤーからはエレカシ(=エレファント・カシマシ)のアルバムが流れていました…。

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2007年2月22日 (木)

つぶやきたい時につぶやきを…

前回(2月18日)のつぶやきをのぞいてくださった方々へお知らせです。

実は、前回のつぶやきを削除しました。

別に続きを書き込むこと自体に不都合が生じたわけでもなく、何か差し障りがあったわけでもありません(ご安心を?)。

何となく、「その2」「その3」と、続きを書くのがたいぎく(=「たいぎい」広島弁で「おっくうな」等の意)なったので、それならば「その1」を中途半端に残すよりは削除しちゃおう、と思い立って削除した次第です。

続き(結末)が気になった人がもしいらっしゃったら、すみません…(汗)。

言い訳ついでに僕の趣味の一つである「物書き」のスタンス(←そこまで大げさなものがあるわけではないのですが…)について、ちょこっとつぶやいてみます。

僕はいわゆる「物書き=文章を書くこと」が小さい頃からわりと好きでして、特に中学校時代から社会人になるまではしばしば地元の新聞社に投書をしたり、エッセイや小説を書いたりしてきました。大学生の頃は数名で小ぢんまりしたものでしたが物書きサークルのようなものを結成して数回「作品」を冊子にしたりしていました(今見返すと若気の至りというか…恥ずかしい文章の数々だったりしますが…)。

このブログにしても(実際に直筆で書いているわけではありませんが)やはり僕の「物書き」という趣味の一つの表現方法だったりします。

で、僕の書くときのこだわりというのがあってそれは

「今、この時(時間、瞬間あるいは年齢)に書きたいことををありのまま書こう」

ということ。

これでいくと(話しは戻りますが)、前回のつぶやきの続きを書く事が、数日経過した今となっては僕にとってはもう「旬」を過ぎてしまい「書きたいこと」ではなくなってしまったのです。

続きを期待していた人(←いればの話ですが…)、ごめんなさい。その代わり、というわけではありませんが、これからもその瞬間につぶやきたいことを気ままにつぶやいていきますので、どうかよろしくです~(何だか理屈っぽくなっちゃいましたね~)。

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2007年2月13日 (火)

このまま、春?

瀬戸内海に浮かぶ安芸の宮島も、80メートルを超す高層ビル群が並ぶ平和大通りも「春っぽい風景」。…思わずシャッターを切った2枚。

Dsc07529

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2007年1月10日 (水)

二十歳の頃

成人式なんて、もう20年近く前ですね~。ちょこっと振り返ってみたくなりました。

広島ではその年に二十歳になる人が成人式参加者となります。で、当時僕は19歳。市内の某予備校に通う浪人生でした。

1月のこの時期は志望大学の受験まで2週間を切ろうか、といった状況。にもかかわらず僕は成人式に参加したばかりか、会場の広島サンプラザホールのステージに立っていました。

と、いうのもいわゆる「青年の主張」みたいなコンクールの広島バージョンに応募し、なぜかこれが入賞し、入賞者は成人式会場でインタビューを受けることになったためです。

僕以外の入賞した方々は…社会人あり(確か警察官もいらっしゃいました)、大学生あり…で社会的にも認知された地位(?)にある「二十歳」の方々ばかり。そんな中、2週間後に受験を控えた予備校生の入賞者…インタビューのお姉さんが他の入賞者にした質問と同じ質問(入賞しての感想を求められるなど)のあと、僕だけの質問が一つ。

「そういえば、いま予備校に通ってらっしゃるとのことですが、受験は大丈夫ですか?」

僕はええ、あと2週間ですね~、みたいなことを言ったような気がします。

おまけに成人式が終わると、当時つきあっていた一つ年下の彼女(つまり彼女は高3でこれまた受験生…)とデートですよ。まあ、とりあえずその後志望校に合格したから今こうしてつぶやけるものの、あれで志望校に合格ってなかったら笑いものだったんでしょうね~。

この1年間の浪人生活についてはいろんなエピソードがありまたいつかつぶやくとしますが、今思えばあれもこれも「若気の至り」ってやつですかね~。

そう考えると、成人式の若者の目に余る行動がマスコミ報道されるのを見るにつけ「あいつらも若気の至りなんだよな~」とか思いつつも「いや、人に迷惑をかける若気の至りはダメじゃん!」と会場で大暴れする若者の映像を見て思い直すのでした…。

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2006年12月31日 (日)

見よ、あれがイクラタワーだ!

大晦日のお買物。食材を買いに近くのデパートへ出かけました。

朝早めに店に行き、ごった返す人ごみの中、必要な食材を何とか買い終え出口に向かっていく途中、いわゆる「物産展」の特設コーナーのあるモノが目に止まりました。それがこれDsc07198 。          

←なんと、イクラ。うずたかくそびえ立っていて僕は勝手に「イクラタワー」と心の中で名づけてしまいました。

実はイクラが苦手な僕。ですが、このイクラタワー、画像ではわかりにくいのですが、ちょうどこの出店ブースの照明をバックからうけてきらきら輝いておいしそうに見えました。ちなみに長男と嫁さんは大好物。このさい「プレゼント、年末太っ腹市じゃ~!」との勢いで(?)このコーナーでイクラを1パック購入。で、店のおじさんと立ち話になり、このタワーのことを聞くと「さっきまでもっと高く積み上げてたんっすよ~!」とおじさん。面白いので写真に撮らせて欲しい、というと「いいっすよ!じゃあもうちょっとイクラを積み上げようかね~。ついでにこのおねえちゃんも一緒に撮ってやってよ、お客さん!」と威勢の良いおじさん。いきなり「おねえちゃん」と言われた、同じコーナーの若い女性店員さんも「じゃあ、もっと下の方にあるイクラも上にかけちゃいましょうかねえ…」とノリの良いあいづち。ふと、遠くに目をやると、向こう側のレジの奥ではさっきまで僕もいた「買物戦争」で殺伐とした光景が続いています。物産展のゆる~いかつ心地よい雰囲気とは対照的でした。大晦日の忙しさのつかの間、イクラタワーで少し心が和みました。

家に帰ると大掃除開始。僕や嫁さんだけではなく、浴室の床をスポンジで一生懸命こする長男や、嫁さんをまねて一生懸命ほうきで掃く次男。その次男がお昼寝タイムになった時、ふとんをかけてあげたりしていた娘…1年1年子どもたちも成長し、彼ら彼女らなりにしっかりしつつあるんだよな~、と感じながら大掃除に明け暮れました。来年、子どもたちは僕や嫁さんにどんな姿を見せてくれるのか…楽しみにしつつ新しい年を迎えます。

さて、あと少しで2006年も終わり。ブログを始めて2回目の年越しです。今年もこのつぶやきにおつきあいくださったみなさま、どうもありがとうございました。みなさん、よいお年を。

                                                                                  

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2006年12月30日 (土)

「やめること」の美学

三十代半ば過ぎると、というわけでもないのでしょうが、人生積み重ねてくると、長年の習慣とかいわゆる「自分なりのこだわり」でやってきた行動や価値観を方向転換したり変える、ということが却ってしにくくなってしまうような気がします。そこであっさり自分がそれまで良しとしていた考え方やこだわりを捨ててしまえば、実はこだわり続けることよりももっと自分にとって良い方向になることだってあるのに、人生経験の積み重ねから培われたものはなかなか払拭できないことも多々あります。

で、ここ最近の出来事で「方向転換」に関することを2つ。

1つは(極めて小さいトピックなのですが)、洗髪のしかたを変えたこと。今までの洗髪はそれこそ小さい頃から培われたやり方。頭にお湯をかける→シャンプーを手に取りすぐにあたまにつけてこする→すすぐ、といった行程で、もともと「カラスの行水」派である僕(といってもお風呂は大好きですが…)はこれらの行程を短時間に済ませていました。風呂から上がって枝毛があってもあまり気にしなかったりと、およそ髪にはやさしくない洗い方を長年してきた気がします。

ところが、以前つぶやいた「薄毛疑惑」の一件が、僕の洗髪のやり方を変えるきっかけとなりました。既出のとおり結局僕の髪はまだ薄毛の前兆もなかったことがわかったのですが、この時から「将来はげないように今から努力しよう」と思い立ったのです。そこで、その時行きつけの美容院の店長さんにもらった、洗髪の仕方のリーフレットをベースに、これまで手短にすませていた洗髪の行程一つ一つを丁寧にしよう、と心がけて始めたのです。そのやり方とは…。

入浴前の軽いブラッシングによる汚れ落とし→髪にお湯をかけた時の汚れ落とし→シャンプーを手に取り泡をつくってあたまにつける→泡で汚れを落とすつもりで丁寧に髪を扱う→しっかりすすぐ→入浴後はドライヤーでしっかり乾燥…ほんと、基本中の基本。な~んだ、そんな当たり前のこと今までしてなかったの?とこれを読んで思われる人もけっこういらっしゃるのではないかと思います。

が、洗髪を短時間ですませていた僕にとってはこれまで三十数年間続けてきたやり方をやめて切りかえるわけですから、ある意味一大事。でも「将来のために(?)」と、この際このやり方にトライしてみることにしました。

ところが、やり方をかえて(つまり丁寧な洗髪を心がけて)からは明らかに髪の感触が変わってきました。今まで洗髪しても必ずなっていた後頭部の枝毛がなくなりました。さらに、翌朝出勤準備の時の髪型のセットが楽になりました。長年の懸案事項(?)がまるでウソのように払拭。目からウロコが落ちる、とはまさにこのこと。

それから1ヶ月たっています。今では新しいやり方がすっかり定着しています。1ヶ月前のあの時、今まで習慣として続いていた洗髪のしかたを「今さら新しいやり方なんて…」と切り替えずに続けていたら、未だに状況はかわらなかったことでしょう。そう考えると、あの時思い切ってやり方を変えてよかったな~、と思うのです。

もう1つの出来事は、僕ではなく友人(かりにBさんとします)の話。Bさんはとある格闘技を20年も続けていて夢は道場を開くこと、といつも言っていたほどでした。ところが、先日会った時長年続けていたその格闘技の道場をやめた、という話しを聞きました。理由は僕がここで勝手に書くことはしない方がいいと思うので書きませんが、彼にもいろいろな経験や思いがあってのそれこそ「大英断」だったようです。そして、これからは今まで培った経験を生かして、新しい格闘技を切り開いていく活動をしていく、とのこと。

20年続け通いなれた道場をやめる、というのは相当なエネルギーや覚悟が必要だったでしょう。今まで会うたびにBさんから聞いてきた話からすると、おそらく彼は、その道場でも格付け的な面(段など)でも後輩指導といった、立場的な面でもかなりトップに近いところまで上りつめてきたはずでしょうから。

しかし、敢えてそれを捨てて、新しい道を歩もうとする彼の潔さを僕はすごい、と思いまたかっこいいとも思いました。それは、十代、二十代あたりの若者のいわゆる野心に燃えやすい年代ではなく、ある意味人生的には安定の方向に流れがちな三十代後半でのこの潔さだからこそのかっこよさ。しかも若者にありがちな無鉄砲な「撤退」ではなく、彼なりにしっかり考え、新しい道への方向を見据えた上での「撤退」だからこそ、かっこいい。僕は彼のこの潔い「撤退」に感動し、もちろんこれからの彼も応援していきたいと思うのです。

ここでつぶやいた2つの出来事。ことの大小は違えど(僕の「撤退」は極めて小さいですが)、何かをやめること(或いは今までのやり方を変えること)も時には大事なんだよな~、と痛感した出来事だったのです。そう考えると、自分の日々の生活の中で「やめること」「切りかえること」をチョイスする方がベターなことってもっとあるのかも知れませんね~。

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目先より質でしょう…

年末年始恒例のいわゆる「あけおめコール」集中のため、ケータイ各社は大晦日夜~元旦朝の通信規制をかける、とのこと。回線が殺到するのでしかたないんだよなあ…と思ってしまうのですが一方で、ケータイ会社にそれでいいの?とも思ったりもするのです。

ケータイユーザーは利用料を払っているお客なわけで、その客に対して利用の制限をかけることはちょっときつい言い方をすれば不利益を与えていることではないか、と思うのです。

確かに、大晦日~元旦なんて1年の内のたかが数時間。そのために例えば快適に通話できるような設備投資、なんていうのは効率性だの合理性だのからいえばそこまでする必要があるか、との考えも正論。僕がケータイ会社の人間だったらやはりそう考えるかも。

でも、それがたとえ1年の内の数時間であっても客に不利益をあたえることが公然となってしまうことがいかがなものか、と思ってしまうのです。

一方で、ナンバーポータビリティ制導入直前・直後のいわゆる「ご新規さん」獲得合戦。通話料のおトクさや他メーカーとは違う機能を持った新機種の投入、実は一部のユーザーにしかうまみがないのにこの制度が買い替えの絶好のチャンスです、みたいなPR戦略…目先の収益を上げるため、ケータイ各社は相当な経費を費やしていることでしょう。僕はそれをすべて否定するつもりはありませんが、一方で「大事なことを忘れていませんか?」と思うなど、ケータイ各社のこの数ヶ月の動向は何か釈然としないのです。

ご新規さん獲得も大切なことでしょう。でも、顧客ももっと大切にして欲しいなあ…一言で言ってしまえば、こんなことですね~、僕が思うのは。確かに長期利用割引とか、各社とも全く何もしていないとは思わないのですが、どうもこの業界は「ご新規さんに手厚く、顧客にはそこそこ」という印象があります。例えば、ケータイショップ自体は街のいたるところにあるけど、修理だのアクセサリー取り寄せだの、といったサービスへの対応はこれだけ新サービス、新プラン、新機種がでてきているのにもかかわらず、全く変わっていない。ちょとした修理でも待たされる、取り寄せ品にも時間がかかる。ショップのタイプによって対応できるサービスが違う。でも、みんな同じ会社の看板がついているお店ですよね。僕らの年代ならまだしも、例えばお年寄りにとってはどうなんでしょう?「ウチの店ではそのアクセサリーは置いてないので、この近くの数百メートル先のお店なら、在庫があるかもわかりません。」こういうことを平然と言って当たり前。それがサービス拠点が多いこと=安心のネットワークとはいえないと思うのですが…。こういう状況が、ケータイが普及しはじめてからもう十数年経過しているのに、ほとんど変わっていない。

加えて、例えばエリヤ内の品質向上ではなく通話エリヤのさらなる拡大とか、これだけこどもをとりまく犯罪が多発していたり、高齢化の進む社会となっているのだから、そちらにも力を入れたさらなる設備投資や、低年齢のユーザーのケータイ、ウェブ利用によって起こる問題にどう取り組んでいくのか、といった、もはやユーザーの自己責任レベルを超えた、業界として社会的責任の観点からの取り組みにもしっかり力を入れるべき時代にきているのではないかと思います。

…などと、年末年始の通話規制にはじまって、こんなことまでつぶやいてしまいました…。

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2006年12月17日 (日)

生涯初めて…かな?

金・土・日…といわゆる「飲み会」3連チャンだったこの週末。思えば、飲みが3日間連続であるなんて、38年の人生でおそらく初めてではないか、と思います。

僕は普段は晩酌など全くしませんし、飲みに行っても「飲む」より食べたり話すのが楽しい、といった感じなので、お酒がないと困る、といったこともありません。

が、しかし実は元々酒は強い方でして、今は仕事&子育てに多忙であったりするので例えば飲みに行ってもさすがに「午前様」はめってにありませんし、あったとしても午前0時をまわるかどうか、といったくらいです。が、多分今でも飲みに行って深夜2時、3時…なんてのはいけるような気がします(する気などありませんが)。で、二日酔いも全くなし。取り乱すこともありません。

そんな中の今回の「生涯初?の3連チャン」でしたが、いずれも楽しい飲み会でした。

金曜日は職場の忘年会。一次会は焼肉屋。で、二次会は数名で某広島市内のホテル最上階でのカクテルを…30歳をまわったあたりから、それまでの「二次会はカラオケでとんだりはねたり!?」の飲みはどうでもよくなってきて、どちらかといえば「二次会は静かにちょこっと飲むか、コーヒーか」にかわってきました。で、今回も二次会は職場の同僚(本当に小ぢんまりした人数)でしずかに飲んできました。もちろん、23時過ぎに帰宅。

土曜日は(自転車の)ショップつながりで、店長さん主催の初の忘年会。これも楽しかったです。ショップ近くのお好み焼き屋さんにショップのお客さんが集合。ショップやサイクリング大会でちょくちょく見かける人、そうでない人…また、ショップのBBSのHNと顔が一致したりして、なかなか楽しいひとときでした。こちらの帰宅は23時過ぎ。

そして今日は半分仕事?がらみの忘年会。これも楽しかった。が、一人ほど今日大失恋をした女性がいて、行きがかり上彼女のグチ聞き役になってしまい(僕はどうも昔から、悩み相談とか恋愛相談とかもちかけられてしまうことが多いです…)、さらにこの人が飲むは泣くは酔ってトイレに駆け込むはで結局グチ聞き&介抱役に。まあ話を聞いてもらってすっきりした、とは彼女の弁、よかったよかった…。ちなみに帰宅は22時50分でした。

ちなみに、このブログも酔いはすっかり醒めていて、当然、シラフでつぶやいているところなのです…。

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2006年12月10日 (日)

ほっとひと安心…。

「ちょっと、薄くなってきてない?」1ヶ月前、嫁さんが僕の後頭部をながめてぽつりと一言。

「そんなばかな~。」と苦笑いの僕。

嫁さんはさらに「毎日ムースとか使ってるから髪が痛んで薄くなり始めたんじゃないの~。」とさらに一言。そこまで言われると少々不安になった僕。

「どうしよう?アデ○ンスのヘアサポートとか行ってみようかなあ。」と僕が言うと、「とりあえず今度髪を切りに行った時、手入れとか相談してみたら?」と嫁さん。

で、先週の土曜日、行きつけの美容院にカットしに行き、後頭部の薄毛疑惑(?)について店長さんに尋ねたところ、

「いや~、ぜんぜん薄くなっていませんよ。大丈夫、大丈夫。」と店長さん。薄いどころか、薄くなる兆候も全くないので安心してください、とまで言われ「ああ、よかった。」と安心した僕。後頭部が薄く見えたのは、店長さん曰く僕の髪型のせいらしく、頭のてっぺんから前髪にかけて上げ気味にしている分後頭部のボリュームが少なく見えるため、とのこと。と、いうわけで前髪と後ろ髪のボリュームのバランスを取るため、いつもより少し短めに頭のてっぺん近くをカットしてもらいました。

ついでに手入れについて店長さんに尋ねたところ

「薄毛対策とか育毛対策とかまだしなくても大丈夫ですよ。ムースもバンバン使ってOK!強いて言えば毎日のシャンプーをきちっとしていれば今のところ問題ないですから…。」と店長さん。さらに安心した僕。

とはいえ、三十代後半ともなると周りには結構薄くなっている人がいたりするんでやはり脅威(!?)。とにかく、今はしっかりシャンプー、シャンプー!

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2006年11月26日 (日)

デジタルプレイヤー、いいねえ…

デジタルオーディオプレイヤー、ようやく最近使い始めましたが、マイブームになっています。

プレイヤーを選ぶ時に僕の中では「これは必須」というものがあって

1.できるだけ小さくて薄くて軽い(せめてMDウォークマンサイズ以下)

2.できればメモリカード対応(あとから増やせるから)

3.ダイレクト録音可能(アナログ音源も取り込むため)

4.安価であること(これが一番肝心?)

まず、沢山の曲を取り込むならHDDタイプなんでしょうが、どうしてもぶ厚く重くなってしまいます。プレイヤーを使うシチュエーションは歩いている時や電車移動中など、服のポケットやカバンに入れて…というのがほとんどでしょうから、手軽に持ち歩けることは重要なのです。

かといって、内蔵メモリタイプは取り込む曲数が限られているため、当たり前ですが拡張性は期待できません。おそらく一度取り込んだ音源を削除してまた新たに取り込む、なんてことはあまりしたくないしょうから…(聴きたい時に聴きたい曲を…という思いがあるので)。

そうなってくると残る選択肢は例えばSDメモリカードなど対応のプレイヤーとなるわけですが、実はつい最近までメモリカード対応のプレイヤーでダイレクト録音機能がついた機種がありませんでした(最近パナソニック製でようやくでましたが)。

Dsc06890 で、まあそのうち…と思っていた時に目に止まったのが、今使っているシャープのプレイヤーでした。本体は小さいいわば「名刺サイズ」。そして厚さは8.9ミリと薄くて(写真手前の青いのがプレイヤーです)軽さもわずか65グラム。メモリは1GBの内蔵メモリにくわえてミニSDスロット搭載のいわばハイブリッドタイプ。これなら、保存音源はミニSD、ちょい聴きしたい音源は内蔵モリに…と使い分けができます。いざとなったら内蔵メモリとミニSD間のデータ移動もすぐできます。加えて、ダイレクト録音機能もあります。

ついでにこのプレイヤーにはFMトランスミッターも内蔵なのでいざとなったらこれを車に持ち込んでその時の気分で聴きたい曲を車で…ということも容易です。今まではあらかじめMDやCDを選んで車に持ち込む時何を持ち込むか迷ったり、「あのCD(MD)にしときゃよかった…」後悔するといったこともしばしばありましたが、これからはそういったことはなくなりそうです。そのほかこのプレイヤーにはFMラジオも内蔵しています(僕はもっぱらAMラジオ派なのであまり聴きませんが…)。

で、なにより安価だったことも大きかったです。僕が購入した夏の時点で一万円台前半でした。もっとも実際には持っていたMDウォークマンを売ったり値引き交渉や電器店のポイントを使ったのでタダ同然で購入したのですが…。おそらく、後継モデルがそう遠くないうちに出るのかもしれません。

CDなどの音源はもっぱらWINのメディアプレイヤーで取り込んでいます(PCと本体を接続するだけで自動的に取り込めるソフトも同梱されているのですが僕には不要です)。プレイヤーを使っている方ならそんなこととっくに知ってるよ、と言われそうですが、CDを取り込む際にインターネット接続をしていると、そのCDのタイトルや曲のタイトルを自動更新してくれるんですね~。これには「おお~ハイテク!(死語)」と感動しちゃいました。

取り込む時ビットレートは俗に「CDの音質なみ」といわれる64kbpsに落としています。ビットレートを上げるとより高音質になるそうですが、そうすると取り込む曲数も少なくなってしまいます。また、音質へのこだわりは全くないため(聴ければよいので…)これで十分。メモリは2GBのミニSDカードに取り込んでいます。今CDアルバム50枚分くらいの音源を取り込みましたがそれでもまだ1.3GB使ったくらいです。取り込む時間もわずか(1枚のCDアルバムで3~4分程度)ですので何か用をしているついでにできます。しかも先述のとおり曲にタイトルもつけてくれるので、ここがあとで自分でタイトルをつけなばならないCD→MDダビングとは違って、本当にちょっとした時間でできて、仕事に子育てにと忙しい僕にはうれしい限りです。

ネットでのユーザーレポを見ると「立ち上げの時間がかかる」とか「トランスミッターの性能がイマイチ」といった酷評な部分もあるようですが、少なくとも僕の使用状況ではあまり問題はありません。むしろこのプレイヤーをチョイスして大正解!というのが僕の実感です。

久々にはまったこのプレイヤー、当分の間、外出のおともになりそうです。

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2006年9月22日 (金)

忙しい週末

この週末はイベント目白押しです。

明日(23日)は静岡へ。中学時代からファンである、吉田拓郎の「つま恋(←会場名)野外コンサート」に友人と行ってきます。早朝広島を出て静岡へ。コンサートは9時間という長丁場。拓郎ファンの方はよくご存知かと思いますが「つま恋」は過去2度(1975年、1985年)拓郎が伝説の野外オールナイトコンサートをした場所ですね~。1985年の「つま恋」の日は、当時高校生だった僕は一泊二日のとあるイベントに参加のため、広島市内の某キャンプ場にいました。夕食準備が始まった頃、テントで材料をごそごそさがしつつ「今頃つま恋ははじまってるんだろうな~行きたかったなあ…」などどため息をついたことを覚えています。そんな思い出もあっての「21年越し」のつま恋。今回はオールナイトじゃないけれど昼13時スタート、夜21時終了予定の長時間ライブ。楽しんできます♪

あさって(24日)は長男の小学校の運動会。これを外すわけにはいきません。と、いうわけで明日は拓郎のコンサートが終わったらすぐさま電車に乗り込み、寝台特急~新幹線と乗り継いであさって早朝広島に帰り、運動会へ。しかもPTA参加競技にかりだされる予定(?)なので、体力も温存させとかねば…まあ、何とかなるでしょう。

さて、明日に備えてそろそろおやすみします。ZZZ…。

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2006年7月21日 (金)

ひさびさの青空

数日ぶりにブルーにそまった、今日昼間の広島の空。

太陽の光も数日ぶりでした。

雨が降ることも、われわれ「命あるもの」にとってはとても大切ですが、ここまでつづいちゃあねぇ…というのがここ数日の感想。ましてや、今回の雨は至るところで人的・物的被害も…さすがに「雨、もういいよ!」と思ってる人は多いはず。

僕のいわば「個人レベル」だってここ数日の雨つづきは困りごとがいっぱいです。

洗濯ものが乾ききらない(←加えて、昨日乾燥機がトラブルで使えずますます乾かず)、保育園の送り迎えも大変(子ども2人+2人分の荷物+傘+時には抱っこで駆け込み…etc.)、出勤途中のいつも以上の渋滞、自転車に乗れない(せっかくFフォーク交換したばかりなのに…)etc..

ちょこっと考えてもありますね~。もちろん、生命をおびやかすほどの危険度は皆無なものばかりなので「梅雨明けまでガマン、ガマン…」と思えば何てことはない困りごとですが、それでもこうも雨つづきでは、やはりどこか気がめいってしまいます。

そんな中でのひさびさの青空と太陽の光はつかの間ではありましたが、その時間だけなぜか安堵感と笑顔が自然にあふれてきたような気がしました。

少々(いや、けっこう、かな)蒸し暑くなったのは「ご愛嬌」ってヤツで今日だけは許してあげようかな…。そんな気持ちになるほど、今日の「ちょこっと青空」はうれしかったです。早く梅雨明けにならないかな…。

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2006年7月17日 (月)

なつかしい商品名

昨日、長男と花火を買いに近所のホームセンターに行きました。本格的に花火シーズン突入とあって、花火コーナーは結構なスペースをとっています。その中から「おとうさん、これにしようよ!」と長男が選んだ花火セットはぱっと見フツーの花火セット。ところが手にしてその商品名を見た時、「あ、なつかしい」と思ってしまいました。その商品名とは…

OHモーレツ!

ガソリンスタンドじゃあないんだから(←この意味わかる人は30代後半しかも40歳に近い年齢以上)と思いつつ苦笑しちゃいました…。しかもこの花火セット「OHモーレツ!」は数種類あるみたいで長男が選んだセットの「OHモーレツ!・少量バージョン」やダンボール箱に入った「OHモーレツ!・箱入り」…etc.

このバリエーションの豊富さにそれこそ「OHモーレツ!じゃん!」と感じた僕なのでした…。

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2006年7月16日 (日)

空色ノキモチ

最近、新しい便箋を買いました。それがこの「空色ノキモチ」。

Dsc05289 とあるショッピングセンターの文具コーナーで発見。まずはこの表紙(←便箋でも「表紙」というのかな?)にひかれて手に取りました。中身はどうかな、とある種期待しつつめくってみると…。

Dsc05290 予想はついていたのですが、こんな感じ。これに罫線の入ったいわゆる「下敷き」がついています。う~ん、これはいい!僕はためらうことなく、レジに持っていき購入。

僕は手紙を書くとき(特にプライベートで大切な手紙を書くときに多いのですが)「薄いブルーの便箋に濃いブルーのペンで書く」というのがこだわりだったりします。そろそろ新しい便箋がほしいなあ、と思っていた矢先だっただけにこの「空色ノキモチ」はまさにタイミングばっちりだったのでした。手紙じゃなくても何か書きたくなりそう…。

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2006年6月11日 (日)

なつかしのジャワティー

Dsc04991 前述の「親子のつどい」の時、途中のどがかわいたので会場の売店へ行くと…そこには「シンビーノジャワティーストレート」のアルミ缶バージョンがありました。僕は迷うことなくそれを買いました。いやあ、なつかしい!この味、この味…と一気に飲みほしてしまいました。

ジャワティーを初めて飲んだのが、大学生の頃(1989年)。その日の記憶はどういうわけか、今でもはっきり覚えています…。

当時僕は学習塾でアルバイトをしていて、丁度夏期講習で朝から夕方まで勤務が続いていました。昼食は塾から2~3分歩いていたところにあったほか弁の店で唐揚げ弁当を買い、飲み物は塾の入口にあった自動販売機で…というのが(これまた)夏期講習勤務期間の毎日の昼食でした。

当時はコンビニも今みたいにあちこちにあったわけではなく、また自動販売機の飲み物もプルタブ式の缶のみ。なおかつ、今でこそペットボトルや缶入り緑茶なんて種類も豊富でどこでも買えますが、当時はまだまだ「お茶は家で入れて飲むオンリー」な世の中。ウーロン茶がかろうじて市民権を得ていた(←オーバーな表現ですね~)ので、昼食時のお弁当のおともはいつも塾入口の自動販売機にある350ml缶ウーロン茶、と決まっていました(余談ですが僕は小さい頃からお茶好きでした。が、夏は家にいれば冷たい麦茶がありますが、外でしかも昼食、となると熱いお茶はちょっと…さりとてジュースというわけにもいかず、結局選択肢はウーロン茶しかなかったです。冷たい缶入りお茶があったら僕は毎日それにするのに…と当時思っていたものです。今は新製品の緑茶が楽しみですね~)。

そんなある日、バイトの休憩時間となり「たまにはジュースでも飲もうかな」と塾の入口の自販機に行くといつのまにか2台ある自販機のうち1台が新しくなっていました。で、ポカリスエットとかオロナミンCと並んで何やら赤い缶の飲み物が目に入りました。「なんだ、あれは。新商品のジュースかな…。」よく見ると「ジャワティー」とあります。冷たい紅茶かあ、珍しいな、飲んでみるか…と買って早速飲んでみると…「あ、この紅茶甘くない!」僕はてっきり糖分が入っているんだろうと思っていたのでびっくり。よく見ると「ジャワティー」のとなりに「ストレート」とちゃんと書いてあるじゃないですか。「そうか、ストレートティーだったんだ…」本当は少し疲れていたので糖分の入った飲み物が欲しかったのでその時は「失敗したな~」と思いましたが、一方で「でもこれなら昼食のお弁当のおともにいいぞ~。ウーロン茶よりもさらっと飲みやすいし…よし、明日のお昼からはジャワティーだっ!」それから僕のお弁当のおともはウーロン茶からジャワティーに切りかわったのでした。

以来、今のようにお茶系の飲み物が各社から発売されるようになるまで僕はしばしばジャワティーを愛飲していました。缶のデザインも僕的にはおしゃれだな~とか思ったりもしてましたね~(今でもジャワティーのデザインはおしゃれだと思っています)。

で、みなさんご存知のとおり「お茶系飲料乱立」の現在。ジャワテイーは依然として発売中であることは知っていたのですが、いろいろなお茶が出ているのであえてジャワティーを買うこともありませんでした。

そして、今日の「ひさびさのジャワティー」となったわけです。飲むと懐かしい味とともに、暑くて忙しかった、塾でのアルバイトの日々の出来事などをちょこっと思い出したりしたのでした…。

また、たまには昼食のおともにしようかな…。

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2006年6月 5日 (月)

クリーニング屋さんにて<後編>

「この間まで働いてた人がね、これがちゃんと仕事をしてくれなくてね~。接客とかでもいい加減で…「もうちょっとお客さんにきちんと接して」とその人に言うと、何でそこまで言われんといけんのか、私はパートなのに、とか言うのよ。あと、交代勤務だから土日なんかも出てもらわんといけないんだけど、その人にもでてもらうよう言うと、私はパートだからそこまで責任はないはず、だから平日しかでません、とか言われて…おかしいでしょう?お客さんからすればパートとか正社員とか、関係ないのにね。」

「そうですよね~。」と僕。Aさんの話は続きます。

「もう、その人と一緒に勤務の時は、お客さんに(その人が失礼な態度をとらないか)気を使うし、注意しても反発するしで…それでノイローゼになってたのよ。一時はこの状態が続くようならもうやめようかなとも思ったの。実際、家に変えると旦那とかにあたってしまってね、夫婦げんかもふえちゃって…私の仕事のために家庭までめちゃくちゃになりそうでね…でもこのままやめてしまったら、この店はどうなるんだろうって思ったら、やっぱりしんどくてもいかなくちゃ、とか思っちゃって…。結局その後その人がやめることになったんで、精神的には楽になったのよ。ただ、店員が減った分、私の仕事量は増えちゃったんだっけど、あの人(B氏)が本職とかけもちでここにパートで来てくれるようになったんで、とても助かってるのよ。」

「いろいろ大変だったんですね~。じゃあ、今は一時に比べたら楽になってるんじゃないですか?」と僕。

「そう。忙しいけど、やっぱり精神的に辛い思いしながら仕事するよりはずっと今の方がいいかな。」

「そうですよね~。少々忙しくても精神的に楽な方が、がんばれますもんね。」と僕。

「そうそう…。まあ、これからもよろしくね。」

「こちらこそ、よろしくです!」と僕。こうして僕はさっきお店に出したスラックスの仕上がり引換券を受け取り、クリーニング屋をあとにしたのです。いやあ、いつも変わらぬ笑顔の応対の影に、いろいろあったんだな~、と少ししみじみしながら帰途に着いたのでした。

Aさん、がんばって!

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2006年5月26日 (金)

クリーニング屋さんにて<前編>

僕は昔から人の悩み相談とか、話の聞き役になることが多いです。「誰にもナイショだからね」とか「口がかたいから信用して言うんだけど…」とか前置きして、僕に話す人はけっこういますね~。実際、僕はそうやって聞いた話を他人にペラペラしゃべることもしないですし、聞く時も(特に悩みごとなど)しっかり聞いてあげなきゃ…という気持ちがなぜか働くので、相手の思いをうけとめながら聞くようにしています。

また、相手がアドバイスを求めてこない限りその悩み事に対するおせっかいのようなアドバイスはしないようにしています。なぜかというと、大抵の場合、悩み相談として話を聞くと、解決方法を求めてるというよりは、誰かに話を聞いて欲しいオンリーな場合が多いわけです。ですから例えばアドバイスを求められた時も「これが絶対いいよ!」といった押し付け的なアドバイスじゃなく「僕はこれがいいんじゃないかな、と思うけどそれも一つの方法だとは思うよ。自分よく考えてみたらどうかな」といった感じで最終的な解決方法のきっかけになる程度のなげかけにとどめることにしています。

不思議なことにこういったスタンスで人と接していると、あまり関わりの深くない人とか知り合って間がない人などが僕にいろいろ内面的な部分での思いや悩みを話しかけてくることが多いのです。

なじみのクリーニング屋さん。1年位前まで複数の女性店員さんで店をきりもりしていたのですが、ここ最近はいつ行っても五十代くらいのおばさん(仮にAさんとします)一人が店番をしていました。さらに、1ヶ月くらい前からそこに同じく五十代くらいのおじさん(B氏とします)もちょくちょくいるのですが、彼は決してレジに立つことはなく、いつ行ってもクリーニング済みの商品の整理の仕事をしています。

クリーニングを出しに行くと「いらっしゃい!今日はスラックス?」とかスタンプキャンペーンの時には「ちょっと多めにスタンプ押しとくからね~」とか小銭がなくお札で支払おうとすると「まあ~残念!小銭を期待しとったのに~」とか…Aさんはいつでもどんなお客さんでもこういった調子で明るくシャキシャキとされていて、店内の雰囲気が明るくなるのですが、B氏は「いらっしゃい」もなく、いつもだまって服の整理。特別暗いとか、感じ悪いとかは思わないのですが、あまりにこの二人方が対照的なので、ちょっと不思議な(?)雰囲気のお店(決してマイナスイメージじゃなく)だな~とか思いつつ、ちょくちょく洋服を出しに行っています。

昨日、仕事帰りのスラックスを出しにそのクリーニング店へ。入ると、目に入ったのはレジにいたAさんではなく、カウンターにいたB氏。しかも今日はいつもの洋服の整理をしているのではなく、今からどこかへお出かけかな、といった雰囲気のスーツ姿。やってきたお客(←つまり僕)に「いらっしゃいませ。」と珍しくあいさつをしました。ほどなくして「ありがとうございます。助かりました~。気をつけていってらっしゃい。」とAさんが送り出すと「また来ます」といってB氏は出かけていきました。

「あの人は本職の仕事があるんだけど、手伝いで来てくれとるんよ…。」僕は尋ねてもいないのに、Aさんは僕のスラックスを折りなおしながら話しはじめました。「あの人がおらんかったら、店の中がたいへんでねえ…」いつもの明るさはあるものの、なんとなくあのチャキチャキした口調はなく、もの静かに話すAさん。僕は前から気になっていたことを聞いてみました。

「今は店員さんは何人いらっしゃるんですか?前は2~3人見かけましたけど…」するとAさんは「今はウチだけ。あとはあの人(Bさん)が手伝いできてくれるぐらいだねえ。それが大変だったんよ。これでも一時期ノイローゼになっててね…まあ、聞いてくれる?」Aさんはそう言って語りはじめたのでした…(つづく)。

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2006年4月18日 (火)

ブログ開始1周年!

2005年4月17日にブログデビュー(?)を果たして、昨日めでたく(かな?)1年になりました。

いやあ、われながらつづいているなあ…とちょこっと感慨深くなったりして。

「毎日更新だあ~っ!」とか変に気合いを入れず「あ、書き込もうかな(もしくは書き込みたいな)」と思った時(さらには時間がちょこっとある時)に…といったマイペース更新が、ここまでつづいている大きな要因なんでしょうねぇ。

これからもこのスタンスでぼちぼちいきますので、よろしくです~。

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2006年2月25日 (土)

あこがれのsoup stock tokyo

テレビでとりあげられているのを見てぜひとも行ってみたかったのが「soup stock tokyo」。で、今日念願がかないました。

東京に来てわかったのですが「soup stock tokyo」って、けっこうこの辺(関東)のいたるところにあるんですね~。で、僕が行ったのが今滞在しているホテル近くにある御茶ノ水のお店。

おお~、なんだかおしゃれな店~と入ろうとしましたが…ここで一瞬というよりしばし躊躇。と、いうのも、店内をのぞくとお客さんは女性ばかり…う~ん、この中を中年オヤジが入るのは、ちとはずかしいなぁ。思えば、高校生の頃広島都心部に初めてできたサーティワン・アイスクリームの店に入ろうとしたところ、店内は女の子ばっかりで、恥ずかしくて入れなかったなあ…などと、20年前の記憶がふとよぎりました。が、絶対に行って、おいしいスープを飲むのだ~、と心に決めていた(←かなり大げさ…汗)僕。ここでひきさがるわけにはいきません。渾身の勇気をふりしぼって、いざ店内に…。

誰もこちらに違和感の視線を向けていない。よ~し!少し気が楽になったぞ、とスープをオーダー。ライスとドリンクのセットで910円。う~ん、値段もお手軽!で、味もなかなかでした。

僕が座った隣の席の二人組の女性の片割れが仕事のグチを大きな声でしゃべりまくっていた他は、20名ちかくいたでしょうか、携帯の画面をみながら、おもむろに本を読みながら、はたまた待ち合わせ?…その1名を除いてはみんな静かに思い思いの時間を過ごしながら、カウンターで、テーブルで、スープを口に運んでいました。何だかオトナな雰囲気でこれがまた良い雰囲気でした(惜しむらくはあの1名の若い女性の大きな声、気持ちはわかるけど、この雰囲気で仕事のグチを他人に聞こえる程の声でしゃべるのはどうかなあ…)。

きっとこの「soup stock tokyo」はファーストフード店の部類に入るんでしょうけど、フツーのファーストフード店とは違った気がして、好感がもてました。また行ってみたいな~。でもやっぱり勇気がいるかな~。

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2006年1月29日 (日)

Cyber-shot、君までも…

先週、福祉系資格取得のため東京に行ってましたが(東京でのエピソードはまたあらためて、ということで…)、この間困ったことに我が愛機であるデジカメ・Cyber-shotF88(レンズがくるっと回転していわゆる「自分撮り」ができるヤツです)の調子がイマイチでした。電源をOFFにしても、なぜか電源ON時しか点灯しないはずのLEDランプが「不定期に」点滅あーんど逆に電源ONするとほどなくして勝手に電源OFF…はじめは「バッテリー不足かな」と思い、フル充電したバッテリーに交換してみたのですが、やはり同じ現象が…これ以上はどうすることもできず、とりあえず東京滞在中はまるで「彼女をなだめすかす彼氏のように(←あまり経験ないなあ…)」電源ONしてもすぐOFFにならない状態まで何度もON/OFFを繰り返し、電源ONで安定したところを見計らって即座にシャッターを切る、という感じで何とか切り抜けましたが、広島に帰って早速ドック入り。ところが先日メーカーより「お客さんが言われた症状が出ないんですが…」との連絡が。ひとまず症状の原因として考えられる部分の部品交換で対応し、しばらくは経過観察、ということになりましたが…いやはやまいりました。このCyber-shot氏が戻ってくるまでは、前に使っていたデジカメ(FinePixA310)とウィルコム(WX-310K)の内蔵カメラ(これが意外と使えるのです)でどうにかしのいでいる今日この頃です。

それにしても…去年秋のVAIO氏といい、最近ちょこっとデジものにツキがないなあ…。

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2006年1月12日 (木)

便利な世の中だな~

来週1週間、研修のため関東方面(東京・横浜)に行くのですが、先日ようやくホテルの予約を入れました。たまたま愛機・VAIOノートを用あって外へ持ち出していた数日前「そういえば、ホテルの予約とらなきゃ」と思い立ち、とりあえず近くのワイヤレスLANスポットをケータイ(ちなみに僕はウィルコムPHS歴約8年のユーザーなのです)で検索…すると近くにFREESPOTの喫茶店を発見!…かくして、僕はコーヒーをのみながらVAIOノートでさくさくっとホテルの予約完了、となりました。

あらためて考えるに便利な世の中になったもんですね~。ケータイを持ち、ワイヤレスLAN対応の小型パソコンで喫茶店でホテルの予約…ですよ。こんな時代が来るとは、それこそ十代の頃なんて、考えもしなかったですね~。

ケータイについては高校生の頃からあこがれていました。とはいえ、僕が高校生の頃のケータイは俗に「ショルダーホン」と呼ばれていたタイプで、とてもじゃないけど気軽に持ち運べるものじゃあなかったですね。ですから「将来、それこそハンディトランシーバーくらいのポケットにしのばせる程の小型携帯電話、なんてのが技術革新(←この表現がまたレトロでしょう)ででてきて、なおかつ安く買えるようになったら絶対に欲しいな…」とはおぼろげながら思っていたものです。でもそれは、確実に将来そうなるという根拠なんか何にもなくて、単に「携帯電話は欲しいけど、ショルダーホンの大きさじゃ持ち歩けないよな~」とか「もし小さい携帯電話になっても(当時は一部のいわゆる「お金持ち」と呼ばれる人しかケータイを持っていなかったので)今みたく高価なまんまなら、きっと変えないよな~」とかそういう思いからくる願望に過ぎませんでした。

伝言ダイヤルのサービスがスタートしたのはこの頃だったような気がします。今は災害時の緊急連絡用とかあるいはいわゆるアブナイ系の情報交換(←何だかうまく表現できないなあ)とかで耳にするこのサービスですが、実はケータイやその前に若者の間で流行したポケベル(←これも最近一般人の僕らが見かけるといえば大型ショッピングセンターのフードコートで注文をして出来上がるまでの待ち状態の時とかぐらいになってしまいましたね…)が台頭する以前はこの伝言ダイヤルがリアルタイムに近い連絡手段として、友人同士・家族同士・恋人同士で活用されていたのです。

で、ちょうどその頃が青春真っ盛りだった僕。大学生の頃は当時付き合っていた彼女とのデートの待ち合わせ場所や時間を決めるのに、電話ボックスにかけこみメッセージを入れたり、逆に彼女からのメッセージを聞いたり(←このあたりの動きがリアルにわかる人は三十代半ば~四十代でしょう…)フル活用していました。今のケータイと比べればおそらく簡易なシステムなのでしょうが、当時はこれでも「便利な世の中になったもんだな~」などと思ったものです。

当時「こうなったらいいな…」とおぼろげながら思っていたことが、まさか現実のものになるなんて、あの頃そこまで考えてはいなかったなあ…などと、嫁さんへの「カエルコール」をケータイ片手にしつつ、時たまふとあらためて思ったりするのです(そういえば「カエルコール」なんてフレーズ、今の若い人たちにわかるのかなぁ…汗)。

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2005年12月12日 (月)

久々のブログ、実は…

DSC02992 約1ヶ月ぶりの書き込みですがこの間、仕事に趣味に(もちろんこのブログ書き込みでも)大活躍、の我が愛機であるVAIOノートが電器店に「ドック入り」していました。充電ができず原因を調べた結果、ACアダプターの電源供給が不調だったことが判明。そこで、修理となったわけです。

久々に帰ってきたVAIOノートはごらんのとおり(ってわかるかな…)ディスプレイやキーボードなど、本体もきれいになっていました(なんだか得した気分!?)。

この間、我が家では書き込みたいいろんな楽しい「つぶやき」があったのに思わぬ愛機の「ドック入り」でできず残念…ですが、この復活を果たしたVAIO同様、これからブログ再開です。お楽しみに…。

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2005年8月 5日 (金)

僕は懐中時計派

DSC01508 腕時計をしなくなって、少なくとも12~13年になります。僕の場合、時計は腕に装着するものではなく、ズボンのポケットにしのばせておくもの…つまり懐中時計が大好きなのです。

コレクターというわけではないのですが、今持っている懐中時計は10個くらい。オーソドックスなタイプから、革のケース付きのもの、あるいはふたがついたものなどなど…中でも5年前に買ったスウォッチの3個の懐中時計は宝物。実は、懐中時計タイプのスウォッチは、その数年前に見つけていたのですが、その時は買えなかったのです。で、いざ買おうとすると、どこにもない!調べたところ、懐中時計タイプのものは全て少し前に廃盤になってしまった、とのこと。僕は、スウォッチを扱っている時計屋をあたりまくり、ようやく「3個なら何とか取り寄せ可能」というお店を発見!本当は、そのうちの1個だけがとても気に入ったのですが、何しろスウォッチの懐中時計自体に今度いつ入手できるかわからない…と思い、そのお店で取り寄せ可能であった3個すべてを購入したのでした。

実際に使っている懐中時計は2個で、仕事用にと最近買った(これがスーパーで安かった!)ふた付きのシルバーの時計(写真前から2番目で右端の時計)と、プライベート用として大活躍のものは、スウォッチの3個の中で、ブルーのラインがある時計(写真1番前の時計)です。

今日も幾度となくおもむろにズボンのポケットから取り出し、ボタンを押してふたをあけるという動作で時間をチェック。もうすっかり習慣づいているこの動作が妙に心地良かったりします(?)もう腕時計生活(?)には戻れそうにないなあ…。

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2005年6月 3日 (金)

37歳の立ち振る舞い?(後編)

僕がなぜあのような行動をとったのでしょう?

若い頃から今もそうなんですが、人からかっこよく見られたいとか、上品に見られたい(?)とか、はたまたいい人に見られたいなどといういわゆる「色気」があんまりなく生きてきたんですね~。自分はこれが「自分」。僕と関わった人それぞれがその「自分」をどう見るかはその人次第なんだから…この程度ですね、僕が思うのは。

ただ、例えば「17才の僕」とか「25歳の僕」とか、その年齢なりの自分の立ち振る舞いみたいなものはその時その時で意識していたような気がします。モチロン「17才の僕はこうじゃないといけないんだぁ~」とか意固地になるんじゃなく「今の僕はこんな感じかなぁ」程度に意識する立ち振る舞いなんですが…。

で「37歳の」というか「中年の僕」の立ち振る舞いの中での1つのテーマが「いかにもオッサンだなぁ」とマイナスイメージで人からとらえられるような行動・態度は意識してやめよう、ということなんです。

例えば、先述のハンバーガーショップ。15~17才位の若者ならどちらかといえばあまり意識しないで無邪気に食べていたのが(その無邪気さがあの年頃の良さなんでしょうね)20代になってくると(特に社会人になると)「みっともない食べ方はしたくない」とか「上品に食べよう」とか、意識してくるんですね。ところがさらに歳を取ってくるとそういうことが逆に「どうでもいいこと」になってきてしまっていつしかみっともない食べ方を人前で見せてもOKになりがちになっちゃうような気がします。

僕は別にいまさら若く見られたいなどという気はまったくなく(このことはまたいずれつぶやいてみますね…)、むしろまごうことなき(?)37歳のオッサンなんだと思います。ただ、オッサンだからこれでいいんだという「妥協」じゃあなくて、逆に人から見られていると(実際には見られていないと十分認識していても)思うことによって、その「妥協」に歯止めがかけられるような気がするんです(なんかむつかしいですねぇ)。いくつ歳をとっても自分らしい立ち振る舞いはどこかで意識した方が、少なくとも僕の場合はマイナスイメージでの「オッサン化」にはすこしでも歯止めがかけられるような気がするんですね~。

まあ、いろいろと理屈をならべてしまいましたが、あくまでも無理ない範囲、自然体で意識している、ということもつけくわえておきます(なんだかわかったような、わからないような文章になっちゃいましたね、今回は。読みにくくてスミマセン…)。

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2005年5月28日 (土)

37歳の立ち振る舞い?(前編)

DSC00555 スーツ姿で一人、某ショッピングセンターのハンバーガーショップに行った昼食時のできごと。

外の景色を見ながらランチだ、と窓際に座りました。すると、ガラス越し(つまり、店の外)にテーブルと椅子が並べられていて、20代くらいの若い女性が二人、座っていました。

その距離3~4m(いわゆる至近距離というヤツですね)。彼女達は時おり僕の方をちらっちらっ、とながめながら楽しそうにハンバーガーを食べていました。彼女達の視線はモチロン僕ではなく、おそらくその背後にある、店内の洋服などに目がいっていたことはまちがいなかったでしょう。

その時僕は、なるべくだらしない食べ方をしないように(例えばハンバーガーをべちゃべちゃほおばらないようにする、とか)ちょこっとだけ意識して食べました。そして、食べ終わるとなるべくスマートに席を立ち、店員にあいさつして店をあとにしたのでした。

彼女達が僕に視線を送っているわけではないことは(先述のとおり)十分わかっていますし、逆に彼女達にかっこよくみせようといういわゆる「スケベごころ」というヤツが僕にあるわけでもありません(僕が夢中になっている女性は世界に2人:嫁さんと娘だけですから、他の女性にモーションかけているヒマなどありません…)、例えば、そこに座っていた2人が年配の方々だったとしても、あるいは女性じゃなくて男性だったとしても、僕は同じ行動をとったでしょう。

じゃあ一体、僕はなぜこのような行動をとったのでしょうか?後編につづく…。

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2005年4月18日 (月)

班長デビュー!の話(かな?)

班長…といっても学校ネタではないんです。

今住んでいるところに新居をかまえて8ヶ月。まだまだご近所のことを知りつくしてるわけじゃないのですが、この春から1年間、町内会の班長当番が早々と回ってきました。

班長としての初任務は町内会活動に必要な資金を調達する業務(←きどって書きましたが、要するに近所を回って町内会費を集めるおしごとですな)。昨日は嫁さんが夕方から回って大方を集め(僕は子守りだったので)、昨日不在だった家(数軒)を今日は僕が仕事から帰って回りました。

我が家から交通量の多い(なおかつ電車が走っている)幹線道路から1つ角をまがると、至近距離にもかかわらずさっきまでの喧騒がうそのように静かな細い道。その道に沿って落ち着いた家並みが(夜だったので)シルエットとして見え、それぞれの家から、さまざまな暮らしの明かりがぼんやりと夜空に映っていました。ふと、空を見上げると星が…我が家から歩いて数秒、丁度正反対に位置しているため普段通ることのないこの1本筋向こうにこんな落ち着ける風景があったとは…。なんだか見知らぬ土地を歩いているような、プチ旅行気分にひたったひとときでした。

ところでここまでほとんどふれていない初仕事の様子ですが…一応両日不在だった一軒を除いてあとは無事集金を終え、任務完了!…そんなことより、あの筋向こうの風景、今度は早朝に歩いてみようかな。またちがった新鮮な発見があるかも…。

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