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2012年3月

2012年3月23日 (金)

1年後の東京リベンジ

1年前の東日本大震災発生時、僕は出張先の東京のホテルの1室で震度5弱を体験しました。

直後の都内の騒然とした様子…余震で大きく揺れる目の前の高層ビル群や信号機。その揺れとともに瞬時にしゃがみ込む、信号待ちの人々…ありとあらゆる物品がショーケースから散乱し、あるいはショーケースや看板が倒れたり、ガラスが割れて「今日はもう店じまいですわ。いつから開けられるかわかりませんわ…」と何から手をつければ良いのか困惑ぎみに立ちつくす店員さん。

しばらくすると、ヘルメットに防災リュック姿のサラリーマン集団がオフィスビルの至るところから駅に向かって「集団帰宅」。防災ずきんを被り、親に手を引かれて小学校から下校する子どもたち。

道路では区の広報車が「落ち着いて行動して下さい!近くにいる人が困っていたら助けてあげましょう!!」とスピーカーを通じて流しながら走り回っていました。

さらに時間が進むと鉄道はストップ。ホテルの最寄駅(水道橋)は人ごみでごった返し、やがて歩道いっぱいのタクシー待ちと公衆電話への長蛇の列。

ところが道路も渋滞発生。タクシーは来ない…やがて多くの人がこのあと「帰宅難民」に…。

情報収集しようと、文京区役所に行くと…そこでも人・人・人…。

日が沈んでホテルのコンビニに行くと、商品が軒並み売り切れに。ホテルでは「満室になりました」の貼り紙が。

部屋に戻ってテレビをつけると地元のテレビ局(東京MXTV)がマジックで画用紙で手書きの「帰宅難民受け入れ可能な公共施設を受け入れ人数」の情報を刻一刻と伝える画面が。

そして、余震で眠れなかった深夜~早朝。

朝、広島に帰るための新幹線のキップを買うために水道橋駅に行くと、30分間隔の運行状況に慣れていない人たちで駅構内はごったがえし、とてもじゃないが電車にすぐ乗れない状況。

あきらめて、今度は東京メトロ・後楽園駅に行き丸ノ内線で東京駅へ。こちらは復旧が早かったのか、スムーズに運行。

東京駅に着くと…昨夜帰宅できなかった人が駅構内の至るところで横になっていて…みどりの窓口はおそらく僕と同じであろう、東京からそれぞれの故郷へ帰ろうとキップを買い求めようとする人々の長蛇の列であふれ…僕自身も2時間かかって窓口にたどり着き、買えたのはその夜の終電1本前の新幹線でした。

ホテルに戻りチェックアウトするも、夜まで過ごそうにもどこも「開店休業」状態で、寄るところもなく…ようやく落ち着いたのは、新幹線に乗ってからでした。

失意の中、脱力感いっぱいで「次に東京に来た時は絶対に楽しむぞ!」と心に誓った日から丁度1年。

僕はまた東京に行ってきました。

1年前のあの騒然とした風景はなく、東京は完成直後のスカイツリーや東京ゲートブリッジ、開店直前のアジア最大のユニクロ銀座店のまばゆいばかりの照明…東京はどこも華やいでいました。

今回、東京で過ごした3日間は、今まで十数回訪れた中でも最高に楽しんだ3日間でした。

けれども、ここから数百キロ北に住む人たちの多くが辛い生活を強いられていることを考えると、このつぶやきでいかに楽しい「リベンジ」だったのかを、これ以上アップする気にはなれません。

日本中の全ての人たちが、何も考えずに「楽しいな~」と過ごすことができる日が、一日も早く来ますように…。

そんなことをふと考えながら、東京での楽しかった3日間を心の中に収めている僕なのです。

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