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2006年12月30日 (土)

「やめること」の美学

三十代半ば過ぎると、というわけでもないのでしょうが、人生積み重ねてくると、長年の習慣とかいわゆる「自分なりのこだわり」でやってきた行動や価値観を方向転換したり変える、ということが却ってしにくくなってしまうような気がします。そこであっさり自分がそれまで良しとしていた考え方やこだわりを捨ててしまえば、実はこだわり続けることよりももっと自分にとって良い方向になることだってあるのに、人生経験の積み重ねから培われたものはなかなか払拭できないことも多々あります。

で、ここ最近の出来事で「方向転換」に関することを2つ。

1つは(極めて小さいトピックなのですが)、洗髪のしかたを変えたこと。今までの洗髪はそれこそ小さい頃から培われたやり方。頭にお湯をかける→シャンプーを手に取りすぐにあたまにつけてこする→すすぐ、といった行程で、もともと「カラスの行水」派である僕(といってもお風呂は大好きですが…)はこれらの行程を短時間に済ませていました。風呂から上がって枝毛があってもあまり気にしなかったりと、およそ髪にはやさしくない洗い方を長年してきた気がします。

ところが、以前つぶやいた「薄毛疑惑」の一件が、僕の洗髪のやり方を変えるきっかけとなりました。既出のとおり結局僕の髪はまだ薄毛の前兆もなかったことがわかったのですが、この時から「将来はげないように今から努力しよう」と思い立ったのです。そこで、その時行きつけの美容院の店長さんにもらった、洗髪の仕方のリーフレットをベースに、これまで手短にすませていた洗髪の行程一つ一つを丁寧にしよう、と心がけて始めたのです。そのやり方とは…。

入浴前の軽いブラッシングによる汚れ落とし→髪にお湯をかけた時の汚れ落とし→シャンプーを手に取り泡をつくってあたまにつける→泡で汚れを落とすつもりで丁寧に髪を扱う→しっかりすすぐ→入浴後はドライヤーでしっかり乾燥…ほんと、基本中の基本。な~んだ、そんな当たり前のこと今までしてなかったの?とこれを読んで思われる人もけっこういらっしゃるのではないかと思います。

が、洗髪を短時間ですませていた僕にとってはこれまで三十数年間続けてきたやり方をやめて切りかえるわけですから、ある意味一大事。でも「将来のために(?)」と、この際このやり方にトライしてみることにしました。

ところが、やり方をかえて(つまり丁寧な洗髪を心がけて)からは明らかに髪の感触が変わってきました。今まで洗髪しても必ずなっていた後頭部の枝毛がなくなりました。さらに、翌朝出勤準備の時の髪型のセットが楽になりました。長年の懸案事項(?)がまるでウソのように払拭。目からウロコが落ちる、とはまさにこのこと。

それから1ヶ月たっています。今では新しいやり方がすっかり定着しています。1ヶ月前のあの時、今まで習慣として続いていた洗髪のしかたを「今さら新しいやり方なんて…」と切り替えずに続けていたら、未だに状況はかわらなかったことでしょう。そう考えると、あの時思い切ってやり方を変えてよかったな~、と思うのです。

もう1つの出来事は、僕ではなく友人(かりにBさんとします)の話。Bさんはとある格闘技を20年も続けていて夢は道場を開くこと、といつも言っていたほどでした。ところが、先日会った時長年続けていたその格闘技の道場をやめた、という話しを聞きました。理由は僕がここで勝手に書くことはしない方がいいと思うので書きませんが、彼にもいろいろな経験や思いがあってのそれこそ「大英断」だったようです。そして、これからは今まで培った経験を生かして、新しい格闘技を切り開いていく活動をしていく、とのこと。

20年続け通いなれた道場をやめる、というのは相当なエネルギーや覚悟が必要だったでしょう。今まで会うたびにBさんから聞いてきた話からすると、おそらく彼は、その道場でも格付け的な面(段など)でも後輩指導といった、立場的な面でもかなりトップに近いところまで上りつめてきたはずでしょうから。

しかし、敢えてそれを捨てて、新しい道を歩もうとする彼の潔さを僕はすごい、と思いまたかっこいいとも思いました。それは、十代、二十代あたりの若者のいわゆる野心に燃えやすい年代ではなく、ある意味人生的には安定の方向に流れがちな三十代後半でのこの潔さだからこそのかっこよさ。しかも若者にありがちな無鉄砲な「撤退」ではなく、彼なりにしっかり考え、新しい道への方向を見据えた上での「撤退」だからこそ、かっこいい。僕は彼のこの潔い「撤退」に感動し、もちろんこれからの彼も応援していきたいと思うのです。

ここでつぶやいた2つの出来事。ことの大小は違えど(僕の「撤退」は極めて小さいですが)、何かをやめること(或いは今までのやり方を変えること)も時には大事なんだよな~、と痛感した出来事だったのです。そう考えると、自分の日々の生活の中で「やめること」「切りかえること」をチョイスする方がベターなことってもっとあるのかも知れませんね~。

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